一限目『実らない恋について』

第1話 『あざと可愛い少女』

 クラスは疎らに人が集まった。

 一年の時に同じクラスの奴だとか、物怖じしない性格の奴らは手当り次第に話しかけている。


 ――が、なぜたろう。俺には誰もよってこない。寄ってもいかないが。


 本を開いて読むフリをしながら、ちらとコマツナに視線を向ける。

 スカートを短くしたコマツナは薄化粧して、同様のキャピキャピした女と話し込んでいる。チッ、幼なじみ困ってるぞ。どうにかしてやれよ。


 結局他力本願でしか物事を動かせない俺は、相も変わらず本を読み耽る。へっ、面白いな。主人公がぼっちの所とか共感できる。一応一人は友達いるけどね!? 俺のが上だから!


 張り合う相手が本の中にしかいないのは、俺にとって悲しい現実。

 でもプラス思考になってみて? 本があるから俺の話し相手はいるんだ。悲しいね。


 俺の読む小説(と、かっこよく言ってみたが実際はラノベ)の中では、青春ラブコメが繰り広げられている。

 友達ではないのに女の子が周りにいっぱい。後輩からも慕われ好かれ……俺、ぼっちでいいからハーレムにしてくんねぇかな。

 だってヤバいよ、この主人公。すげぇ美少女な後輩と腕組みしてイチャついてる。でも付き合ってない……意味不だね!


「――い!」


 いや、でもそうか。俺も水越先輩一筋だから、後輩ちゃんに絡まれても付き合わないか。一途な男のつらいとこだぜ。


「――先輩!」


 結局ラノベは創作。

 同じ出来事が現実に起きるかもしれない、なんてのは妄想気質の厨二病でしかない。

 だからこそ、読書は盲目。見えるものがどんどん見えなくなる。現実を妄想にすり替えてしまう。


「さ〜くも〜と、せんぱ〜い!」


 現実と妄想の混合中、俺の腕に一人の少女が抱きついた。

 ………………!?!?!?!?


 なになになに!? どうなってんの!?

 現実……いや、夢? 夢だね、現実でいきなり抱きついてくる女の子なんていないもんね。


「先輩? どうしたんですか、暗いです」

「お、おう……」


 とりあえず返して、俺は一つ思案に耽る。

 オレンジの髪が揺れ、ふわりと匂いが漂う。女の子がいい匂いするのなんでだろうね。男はすぐ加齢臭で文句言われるのにね。


 ――まあ、そんなことどうでもよくて。


 問題はたった一つ。この娘……誰!? 誰なの、俺の知り合い? 知り合いだよね、腕に抱きついて来てるし名前知ってるし。


「作本先輩、もしかして……わたしのこと、忘れました?」

「……」


 素直に言っていいものなんだろうか。

 いや、駄目だ。きっと傷ついてしまう。じゃあどうするか……だが、結論は見当たらない。

 ならば、方法は一つしかねぇ。


「自己紹介からしていこうぜ。俺の名前は作本柊だ、よろしくな」

「わたしは田島碧海たじまあみです。よろしくお願いしますね、先輩♡」

「あ、ああ……」


 漫画ならハートマークになっていそうな瞳でこちらに微笑みかける少女――田島に、俺はドキマギした心境で同調。

 可愛い、田島は可愛いと認めよう。だから……胸! 押し付けないで!? 健全な男の子が狼になっちゃうよ!?


 しかも俺、君のこと知らねぇんだけど。

 今更誰ですかとも訊きにくいしな……。


 戸惑いを隠すのに必死な俺は、視線をいろんな方向に向けて合わせずにしていると、田島は腕を離して隣の椅子に腰を掛ける。


「せ、先輩……あの」

「え、何?」


 急にしおらしい態度になった田島に、俺は違った戸惑いが押し寄せてきた。減ったのに増えちゃったよ、プラマイゼロで戸惑い二つ。戸惑い尽きないね、俺!


 田島が急にしおらしくなったことで、俺は視線を合わせることが出来た。

 こいつ……スカート短くね? 胸元も開いてるし、見えちゃうよ、見ちゃうよ?

 下手したらコマツナよりも男たらしな可能性案が浮上したが、とりあえず質問までは聞こう。


「先輩は……す、好きな人とか、いるんですか?」

「唐突に何、どしたの」


 男が質問をすぐに返せないのには、裏があると思った方がいい。

 事実、今の俺には裏がある。すぐに答えたいけど、周りの視線は俺達に注がれている。

 きっと、田島の可愛さも相まっているせいか、男の方が視線が多い。


 そんな中で「俺、水越先輩が好きなんだ」なんて言った日には、次の日俺の机には花瓶が乗ってるよ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

 立場をわきまえろってヤツだね、世知辛い。


「ど、どうなんですか?」


 グッと顔を近づけてくる田島。やだなにこれ、可愛すぎ!


「ま、まあ……いなくもねぇよ」


 嘘はつかないけど誰か特定はしない。

 今回の場合、これが無難で一番いい回答だったと思う。正解が無い問題には自分が正解だと思えば、それで十分。


「そう、なんですね……」


 しゅんと気落ちする田島は少し距離を取って座り直した。いや、脚! 気をつけて!

 やっぱりこいつに視線を向けるのは危険と感じ、俺は窓から射す陽に移す。


「!」


 ――刹那、俺の腕に再度抱きついた田島は泣きそうな顔をしながら。


「付き合ってるんですか……?」

「ばっか、お前。俺の顔が誰かと付き合えるような顔に見えるか? はっはっは」

「あはは……ですよね!」


 勢いよく胸元に小さくガッツポーズを作る田島。

 え、何こいつ。俺モテないと思ってたの? だから近づいたの? あざと! すげぇあざといじゃん!


 溜まっていた涙を指で拭い、田島はバッと立ち上がると、


「作本先輩、わたし――」


 ピコーン


「……メールか、まあいいか。んで、何?」

「い、いえ。メールですよね、先に見てください」

「あ、そう?」


 メールが来ることなんてほとんどない。来ても妹からのおつかい(パシリ)くらいしかない。

 まったく……今度は何を頼まれんだ? と、メールを開くと。


『今すぐ特別棟三階の右奥、誰も使ってない教室に来て』


 メール主はコマツナだった。

 幼なじみとして交換していたが、一年ほどしたことなかったので存在を忘れていた。


 ちらとコマツナに視線を向けると、既に教室にはおらずきっと先に着いている。

 となると……行かねぇワケにもいかねぇよな。


「悪い、トイレ行ってくる。もうそろそろ始業式始まると思うし、またいつか会った時にでも話してくれ」


 メールの文面から察するに、悟られず俺一人で来いということだろう。

 俺は片手を挙げて先にお暇すると、田島はいなくなった俺の机に手を付くと。


「先輩には好きな人がいるんですよね――なら、わたしを好きにさせて告白までさせてみせます! それまではわたしから告白しないので、覚悟してくださいね♡」

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