第082号室 パンデミック



 ゾンビ研究の先駆者たる教授は、ゾンビ感染の第二波到来に頭を抱えていた。


 先の成功体験は油断を誘い住民達は感染第二波の封じ込めに失敗、前とは逆に感染していない住民達がバリケードを築いてマンションの中に立てこもり、外には意思を無くした感染者達が闊歩している。


「今朝、バリケードの隙間から外を覗いたのですが、ゾンビが走ってましてね?変異株でしょうか?」

「もう、完全に別物じゃない?見かけたんだけどね、人が噛まれてから発症するまで、ものの数分だったよ」


 研究助手パナキュルのエビデンスに乏しい発言も、反論する材料が無いので慎重に精査しましょうと、置いておかれる。


「やっぱり、ゾンビを作り出している元凶、ソヒィという人物を確保しなくてはいけません。………そろそろ、こちらから動く頃合いですっわ」


 共同研究者のエクセレラが何処からか見つけて来た複合弓コンパウンドボウを手首のスナップを効かせて弾いて曲芸射ち、矢が立ち上がり垂直に林檎を打ち付け二つに割る。


「おお………」「あ、すごいじゃん」

「小さな頃、そう60歳くらいの頃は、よくこうやって高い所にある果物を射落としたものですっわ」


 続けて二本の矢を同時に放ち二つに割れた林檎を跳ね上げ四つに割る。小さな頃、60歳?何かの聞き間違えだろうかと首を傾げる教授をよそに、自動式拳銃超えの速射が四本放たれ、それぞれに林檎の欠片が一つずつ突き刺さった。


「おお………!」「すごい!けどその林檎、食べるんじゃ、あ………」

「はい?(モソモソ)ん~萎びてますわ、これ………」


 バリケードで封鎖されたマンションの外壁は、血染めの手形で飾られており、姿は見えなくとも確かにゾンビが存在することを知らしめている。


 陰鬱とした引きこもり生活は住民達の正気を削り、不確定な情報の下に暴力的手段に打って出るよう囁き続け、煙もそよがぬほどの団地の悪意で思考を鈍らせると、感染防護服というにはいかめしく、明らかに格闘戦を前提としたプロテクターや鎧の類いをDIYさせた。



―――



 感染の封じ込めに失敗した別のマンション、画面を床にして倒れた薄型テレビの隙間から、蒼白いかすかな光とゆれる煙が床を流れ、やがて濡れた髪が混じり、続いて白く血の気の失せた指が這い出した。


 Re:MRリ:メイクレア継ぎ接ぎ友達シャッフルナース、フランソヒィンはテレビを触媒に団地へ顕現すると、鍵の開け方を忘れドアノブを回し続けるゾンビの身体に注射器を突き立て、蛍光色の薬物を投与した。


「まずは献体ファンを増やすこと、地道にこつこつ、質を重視で言伝ことづて言伝ことづて、さあ、ただの動く死体じゃあないってところ、私に見せてくれる?」


 フランソヒィンが与えた薬物ポーションは、ゾンビの肉体に見るも悍ましい変異をもたらし、膨れ上がる筋肉が血に濡れた衣服を内側から引き裂き、増殖する骨格が肉を掻き分け人の姿から逸脱させる。


 再形成された神経系は人の物では到底無くなり純粋な殺戮者として生まれ変わった腐肉の怪物プレデターは、布を裂くかの如くドアを押し潰すと獲物を求めて団地に踏み出した。



―――



 バリケードの外、道行くゾンビをものともせずに斬り捨てて、団地の出口を探し単独行動を取っていた鬼人のティヲであったが、出口は見つかるどころか手掛かりすら一切無く、積み重なった疲労から体を休める為、花壇の縁に腰掛けた。


(そろそろ、この仕込みも限界やね………)


 度重なるゾンビとの戦闘で刃の溢れた仕込み杖を見詰めながら、溜息を溢した時である。


「「はぁあ………」」


 自分以外の誰かと溜息が重なり顔を上げたティヲは、同じく周りを見渡したらしいマフィアのダヴィに気付いた。


 見ればダヴィの手元にも切っ先の折れた日本刀が握られており、気を落とした表情から互いに心境を察すると、どちらともなく乾いた笑みを溢す。


「小夜とかいうガキの言った通りだ。何処まで行ってもマンションばかり、住んでる奴はバケモンしかいねぇ………ついには、鬼が出やがった」

「アンタ………随分なご挨拶やねえ、あての名前はティヲと言うさかい、よう憶えときぃ」


 異形相手とほとんど独り言に近かった言葉が、まともな会話として成立したことにダヴィは面食らいながらも、首を竦めて軽く謝罪を口にした。


「おっとすまねえ、ダヴィだ………ティヲ?それ、いい杖だな」


 ダヴィは純粋に杖の美しい漆仕上げを褒めたつもりだったが、ティヲは皮肉と捉えて言葉を返した。


「ダヴィはんこそ、その刀えらい年季入っとって、よろしいなぁ「へへ、そうだろ?オークションで競り落としたんだ!「あかん!」ここに来てから、タコのバケモンと闘った時に折れたんだけどな?折れた状態からでもゾンビの首くらい、そりゃあもう、盆栽の枝を剪定するようにスパスパ落としてな?さっきも………」


 皮肉をそうとは気付かず、嬉しそうに折れた刀の武勇を語るダヴィを見て、ティヲは開きかけた口を紡ぎ、心の中で(あて、よろしいを褒め言葉で使わんのどす)と呟いた。


「………はぁ〜でもな、こんなになったらもう流石に寿命だろう。新しい得物見つけないと~いけないんだがなあ〜………はぁ〜」

「なんや、たかが折れた程度で女々しいのぉ、そない大事な刀なら打ち直せばよろしい」


 ティヲの言葉にダヴィが驚いて眉間にシワを寄せる。


「打ち直す?刀を??………どうやって???」

「なんや?知らんのか??もうええ、あてもいつまでも護身用の仕込み杖でしのぐんは、きつーなって来たとこやってん」


 決心したように立ち上がり、刀身を仕込み杖に納めたティヲは、戸惑うダヴィを誘うように言葉を続けた。


「知らんのなら刀の一本や二本、打ち方あてが教えたる!」

「おお!マジか!?」


「マジやで!戦うための野太刀をこさえるさかい、手加減なしでいくでぇえ!!」



―――



 団地の最先端を行く立体映像投影技術が静かに地下アングラのライブステージを飾りつける。


 かすみのように淀み、集まり、層を重ねて形と成して、怪しい蛍火の残影はやがてスペクトラムエフェクタレア幽世霊嬢ステルスドール、プラズムソヒィの影を映し出した。


「………………………ああ、現世うつしよの空気、おも………だぁ~~るぅ………………」


 その場にへたり込んだプラズムソヒィは半分床に埋まりながらも滑走し、行く手のゾンビを擦り抜けて霊体を弾き出し絡まって転ぶ。


「………布教あとは、幽霊ファンに任せるぅ~~………」


 水面に浮かんでいるかのように床から顔を出して息もすることなく、ゆっくりと瞼を下ろしたプラズムソヒィの頭上を跨ぎ、死霊スペクターは同族を増やす為に壁をすり抜け団地の中へ溶けて行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る