第077号室 サマーナイトビーチ 住民水着調査もいっちょ④



「みんな見てよコレ〜手形くっきり!」


 溺れかけたところを助けられた獣人のラナカディアンが、水を吐き出しながら足首を持ち上げ痣が出来ている箇所を見せると、鬼のティヲをはじめ集まった人々は、人の手に握り締められた跡以外の何物でもない痣に絶句し、ラナが溺れていた辺りの水面へ視線を移した。


「あら、ほんまやねぇ………婦女子の御足に痣を!許しまへんでぇええ??」


 水面の奥に映る影が徐々に大きくなり近づくにつれ波紋が広がる。波を掻き分け現れたのは、バイクレース用の革ツナギを着込み、フルフェイスヘルメットの前面部を耳元までアスファルトに削ぎ落とされ、剥がれた顔の代わりにフジツボをビッシリと貼り付けた異形、削顔男フラットフェイスであった。


奇妙けったいな………こりゃ、死人しびとや」


 削顔男フラットフェイスがゆっくりと歩を進めるたび、人々は言葉の通じないであろう相手に道を開け、彼の後を追うように沈む夕日に押し出され、満ち潮が砂浜を濡らすと共に、昇る満月に引き上げられ、夜霧が立ち込めていくのを見て、ティヲも振り上げていた拳を下ろし、首筋をヒリつかせる怖気おぞけに顔をしかめた。


「この霧はアカン、鬼火の類や。皆はん、死人はほうって丘に上がりましょか!」


 ティヲの危機管理は迅速で敵意を見せない削顔男フラットフェイスを捨て置くと、深まり視界を奪う霧に対して苛立ち混じりに小さく唸り、浮き上がる表情筋が眉間に皺を刻んだ。


「皆はん、あての目は、霧の中でも見えとるさかい、しっかと付いて来てな?」

「ウソだろ?この霧の濃さで、どうやって前が見えるんだ?」


「そなあてが忍者だからや、ほな行きましょか?忍法、蛇の目の術!」

 

 ラナの疑問にティヲが説明を省いて赤外線放射を知覚し、迷いなく人々を先導し出すと、小夜以外の住民、シスターや客船の生き残りの外国人達がOh、ニンジャ!アメージング、ニンジャ!イェス、ニンジャ!と騒ぎ出す。


「フフン、違うわ、女の忍者はくノ一って言うのよ?」「「「オ~~ウ、KU,NO、I,TI」」」

「何言ってんだ?お前ら」


 小夜やラナ達の緊張感の無い会話は無視すると、ティヲは先に避難したのであろう住民達の体温を頼りにマンション街に繋がる高台の階段を登って、一際高い体温を放つ相手オークのグロウゼアの傍まで進み、霧が薄まったのに気付くと振り返って、視界を遮られるほどの濃霧は、砂浜と湖の上だけに限られていることを知った。


「あんさん、やけに火照ってられ、はるけど、体調でも悪いんかえ?」

「………さあ?平熱だと思うが、まあ、種族の違いではないかな?」


 暗に熱だと決めつけて言葉をかけたティヲに、グロウゼアは根拠も無く疑う鬼人ではないだろうと相手の能力に想いを馳せつつ、遅れてやってきたエルフのエクセレラを目端で追った。


(エルフのエクセレラ、何でもない顔をして薬物中毒とは業が深い。度々、キメているようだが、この環境でいったい何処から薬を調達しているのだ?

全く、薬が切れたらどうなるか想像に難くないな。しかし、時空を捻じ曲げるレベルの風精霊使いは貴重だ。朽ちるに任せるのは惜しい、治療を施すべきか。

いや、もしかすると、薬を用いて能力の底上げを行っているだけ、なのかもしれない。もう少し様子見といこうか………)


 濃霧を風精霊の使役で払い退け、十分な視界を確保していたエクセレラは、悠々と高台へ登り首を傾げた。


「ひとまず、皆さんご無事そうでなによりですわ。………んん、精霊エレメント達が妙な騒ぎ方をしています。自然現象にしては大袈裟ですが、人為的だとしても目的がなさ過ぎます。なんだか恐ろしいですわ」


 エクセレラの言葉に今度は、グロウゼアが首を傾げた。


(皆さんご無事でなにより………いや、知った顔が二つほど見当たらないのでは?)


 探しに行けば迷う者が増えるだけで、逃げ遅れた人々には自力で抜け出して貰うしか無さそうだと、海岸の濃霧を見詰めるグロウゼアの前に、また一人、霧を掻き分け階段を登る大きな影が映る。


(ああ、何と醜い姿か、目測200キロは下らぬ肥満!その体型では階段を登るのにも一苦労だろう。この環境において、よくぞ、そこまで肥れたものだ!称賛に値する。

熱帯地域に住まう種族の中には肌が黒い者達がいると聞くが、この者もそうだろうか?………もう階段を上り切ったか?見た目ほど鈍重では無いらしい。しかし、流石に違和感を憶えるな。戦士のような佇まいを見せるが、重心の置き方はなっていない。

まるで、初めて鎧を着て闘う訓練兵のようだ。………まさか、ここ最近で、突然肥え太ったとでもいうのか??…もしかすると……手強いの………かも知れない?)


 グロウゼアは品定めする視線を気取られぬよう、細心の注意を払っていたが、特に確証はなくとも、えも言われぬ心象的直感によって、観察している相手にもまた、自らが観察されていると確信した。


 お互いに張り詰めた視線を混じり合わせ、グロウゼアが色眼鏡を外す。


「私はグロウゼア、かの世では、救世国家クロウラの民を導く王であり、また、民を護る騎士でもあった。あなたも元の世では、高名な戦士でとお見受けしたが、名を聞かせ願いますかな?」


「………ハアハア、んっ、国連軍、特殊部隊……所属、ふぅ〜……ボブだ!よろしくぅ!!」


 息も絶え絶え、言葉を紡ぐ200キロ超えのデブのボブに、軍人の身体では無いなと、グロウゼアの冷ややかな視線がそそがれる。


(やはり、ごく最近の内に太ったな?厚い脂肪の奥底にも効率的に鍛え上げられた、戦う為の筋肉が透けて見えるようだ)

(………そうか?アンタのは実戦の中で鍛えられた身体に見える。それもかなり暴力的にだ。でも最近、全く動けないほどの怪我か病気をしていたな?表面の筋肉が減って来ているぞ?)


 蔑むように相手を見下すグロウゼアの表情に影が差し、ボブは立った状態で最も効果的な回復体位のまま臨戦態勢に入る。高次元で行われる戦士の対話において、最早言葉は必要なく、テレパシーにも似た【【筋肉】】によるやり取りが、夜空の星が瞬く間に行われた。


(お互い、しばらくは鍛え直しだな)


 ボブの筋肉の問い掛けにグロウゼアは、自身の身体を抱きかかえるように腕を廻して、素肌を隠して見せると………


「ふふふ………やだ、へんたぁ〜い………」


 ………鼻から抜けるトーンの声色で、挑発するように小さく呟いた。


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