第076号室 サマーナイトビーチ 住民水着調査とんで③



 よく晴れた夏の昼下がり涼しいビル風の中、中層マンションの建ち並ぶ区画のとある屋上でオークの姫騎士グロウゼアが、色とりどりのチョークで魔法陣を描いていた。


「地形の把握は兵法の基礎である。なるだけ広く視野を持とうではない…か……よし、上手く描けた。これで、魔法陣はあっていたはず?」


 ブランドロゴのパターン模様が成金趣味な高級バッグから、手のひらサイズの水晶玉を取り出し、印を結んで力いっぱい空へ投げ上げると、渋い顔をして行方を見守り、屋上の外へ落ちて行ったのでバックから二つ目を取り出す。


「ああ、必要なモノには、いくら予備があっても困ることは無い………」


 もう一度今度は力を加減して真上に投げ、数歩分のズレで落ちて来た水晶玉は優しくキャッチされる。無事生還した水晶玉は魔法陣の中心へ置かれると、上空から見下ろす構図で記録された団地の景色を、陣の中へ立体的に浮かび上がらせた。


「しかし、湖は何処へいったのだ?あの霧深い満月の夜の後、忽然と姿は消え、まるで元々存在していなかったかのように見当たらないではないか?」


 グロウゼアは湖があったはずの場所に立ち並ぶマンション群を眺めながら、霧深い満月の夜の出来事を思い返した。



―――



 先住民達との争い、ビーチバレーは夕暮れと共に一応の決着を迎え、暇を持て余したグロウゼアはビーチチェアに寝そべり、夏の浜辺に似合う大きな色眼鏡を掛けて辺りを見渡すと、そうとは気取られぬよう住民一人一人の実力を推し量っていた。


(獣人のラナカディアン、湖に入ってからいつの間にか全裸になってしまっているが、逆光のお陰で真っ黒になり何も見えない。獣じみたはしゃぎ方をするせいで人を近寄らせない為、彼女が全裸であることに誰も気づいていないだろう。

 古傷の浮かぶ皮膚は厚く脂肪は薄い、太く頑丈な骨と自然の中で鍛えられた筋肉がやや痩せて筋張った印象を与える。しかし、野生の獣とて体毛を刈り取れば貧相な身体をしているもの。並みの猛獣とは一線を画す魔獣と捉えるべきだ。 

 一日中大した補給も無しにあの調子、無尽蔵のスタミナを持っている。しかし、泳ぎはあまり得意では無いらしい。浅瀬より足の着かない沖には行こうとしないし、水に浸かるや否や必死の形相で犬掻きを始め、顔を濡らすのも死ぬほど嫌だと見える。………嫌なら泳がなければいいのに)


「わぁああ!!?なんか当たった!なんか足に当たった!!てか、足が着かない!………うっぷ!!誰だぁーー!!ラナの足を引っ張るじゃあなぁああい!!!」


 突然、元々うるさかったラナが更に声を張り上げて喚き出し、そのまま溺れる。


 そんな馬鹿な?と呆気に取られたグロウゼアを他所に、比較的近くにいた人々と鬼人のティヲが助けに向かう。


「ブクブク………!!」「あかん!この子すっぽんぽんや!」


(鬼のティヲ、何といかめしい入墨いれずみか。今にも背中から羽ばたいて行きそうな白凰の意匠、動を切り取った躍動感溢れる構図と日輪を背負う鮮やかな色彩は、彫りに掛かった年月の長さと用いられた顔料の毒性の強さを知らしめている。肌が青白く見えるのも毒のせいであろう。強靭な肉体と精神力は勿論の事、東洋の魔術、忍法と言っていたか?勝手の利く技を多く持っている。心技体、全てが非常に高い水準で完成された侮り難い戦士と言える)


「ブクブク…「そ~れ、忍法、水蜘蛛の術!」…ふぁ!??……ブクブク…」


 プールサイドに上がるように水面に立ち上がったティヲを見て、ラナが度肝を抜かれ大人しく溺れる。固まったラナを難無く担ぎ上げたティヲを見て、遅れて駆け付けたシスターがその奇跡はいけないと閉口する。


(あの人間、シスターは気付いていないようだが体中に何かの糸が喰い込んで癒着している。外科的な肉体強化の類だろう、きっと本人が思っている以上の膂力と頑強さを身体は持っているはず。それに団地ここにおいては先輩だ、まだまだ、ことわりを学ばせて貰おうじゃないか)


「私も出来ますよ!?」


 シスターと共に駆け付けていたダークエルフのマイマズマが空気を読まずに呪術を使い、水面に爪先が浸る程度に浮いたのを見て、だからその奇跡は歴史的ベストセラーに著作権が有るのですと、シスターが元々薄い目を瞑って顔を伏せた。


(エルフのマイマズマ、高い身長の割りに内包する筋肉の量が異様に少ない、本来ならば歩くことは疎か立っているだけでも奇跡といえる。呪術の類を用いた補助を掛けているのは明らかで、おおよそは自重を減らすか重力を遮断、もしくは斥力を増して誤魔化しているのだろう。

 危険だ、術が解ければ自重を支えられないほどに衰えている。体力の低さも筋肉量の少なさだけが原因ではない。長い年月の間、体重を誤魔化し続けた結果、異常に肥大化した身長が原因なのだ。

 恐らく臓器は肥大化する前の本来の体格にあったサイズから変わっていないはず、体格を維持するための食事量と処理する臓器のバランスが崩れている。心臓にも相当の負担が掛かっているだろう。いつ倒れてもおかしくない。年齢も千歳を超えていると言っていたな、エルフとしてもかなりの高齢だ。何で生きているんだ??

 ああ、彼女が死ぬと生霊が死霊になる。そして、大量破壊術式が発動する。………まあ、千年も生きているのだ、もう少し、私の寿命が尽きるまで死ぬのは待っていただこうか)


 そうこうしている内に、浜辺まで戻されたラナが胸の上下と共に水を噴水のように噴き出し、ふざけてるのかとティヲの顔が鬼面になる。


「ホタテとワカメあったわ~」


 集まって来た野次馬の中から、小夜がホタテの貝殻と打ち上げられたワカメを引き摺りながら現れ、ラナのデリケートゾーンを隠すと、目端でグロウゼアをチラリと目遣い背中で笑う。


(………人間の子供が生きているとは驚いたが、それなりに理由がありそうだ。歳に似合わぬ迫力がある、感も鋭い、幾度も死線を潜り抜けて来たと見える。身体面で特別なものは見受けられないが、先住民達にも一目置かれる存在らしい。いったい何者なのだ?………是非、一度、彼女の親と顔を合わせて見たいものだ)


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