第078号室 サマーナイトビーチ 住民水着調査おまけに⑤



 真っ白な海岸線を見つめる者達の中で、どれだけの者が霧に隠された殺意に気が付いていたのだろうか。


 群衆から少し離れたブロック塀をよじ登り現れたアルビノのゴブリン、パナキュルの鬼気迫る形相は満月の月明かりに照らされ、純白の透けるような肌には紅色の血痕と冷めた汗の流線が幾線いくすぢも並び、反り返るほどにいからせた指は猛禽の鉤爪を想わせて真っ赤に血濡れていた。


 追いすがる霧を纏ったまま辺りを見回し、霧から避難したらしい群衆を遠くに認めるとはっと我に返る。自身の出で立ちを鑑みて両手で顔を覆い隠し、顔面が歪むほどに力を込めて血を拭う。猫身グルームキャ繕いビテーションは乱世の奇術、全身の毛穴が閉じて総毛立ち、意識的に行われる無意識下の不随意運動が筋肉を小刻みに震わせ、超音波加湿器と同じ原理で返り血と汗を蒸発させると共に、乾いて張り付いた汚れと老廃物を薄皮を捲るようにその身から剥がし、何事も無かったかのように平静を繕った。


 声も掛けずゆっくりと歩み寄るパナキュルにまず、目を配ったのは小夜である。続いて小夜の気取けどったボブとグロウゼアが意識を向け、周りの変化を見て取ったシスターとティヲが向き直る。


(雪のように白い肌とはまさにパナキュルの事、文献で読み知るに留まるがあれが白皮症アルビノというものだろうか?一見、痩せて見えるが体幹の鍛え方が尋常では無い、関節の柔らかさも種族の特性を超えた鍛錬の深みが伺える。間違いなく武闘派だ。きっと私の知らない武術を披露してくれるだろうな。いや、我流であろうか?チグハグな知識量と立ち振る舞いは浅知恵、付け焼き刃、必死に外面を取り繕ったこの畜生、いや臭い臭い、臭くて敵わんな………味方にすれば裏切られ、敵に回せば厄介この上ない相手だろう) 


 気だるげに首元に手を当て身体をほぐすパナキュルが鼻から抜けるように小さく声をかける。


「もっと霧から離れた方がいいよ………」


 たった一言、理由を欠いた言葉であったがパナキュルから伺える疲労の色や、霧から漂う負のイメージが群衆を後押ししてか、誰が先にともなくパナキュルに続いて浜辺を離れ始める。一部、持ち物を霧深い浜辺に残したままだと躊躇していた住民も、浜辺に続く階段から霧を掻き分け現れたドワーフのホーリエの姿を見て、忘れ物など些末な問題と考えを改めた。


「あはっ!鬱陶しいわねぇえ………!!」


 肩口に噛み付くゾンビの頸部に指をめり込ませ、力任せに引き剥がし難なく首の骨を折る。腕を掴んで歯を立てるゾンビの頭を小脇に抱えて頭蓋骨を粉砕し、両脚に喰らい付くゾンビを、親が足に抱き着く子供を引き摺って歩くかのように歩みを進め、意に介さない。


(ホーリエ、体格からは考えられない膂力をみせる。おそらく魔法や呪術ではなく、もっと直接的な方法で強化しているのだろう。………倫理観の欠如甚だしいドワーフのこと、人体の置き換え、生体型ゴーレム、人造クローン体、拡張式ホムンクルス、己が身を刻んでまで力を欲する様は身震いするわ。神を下卑する錬金術師に禁忌は無いと見た)


 ホーリエの後を追って無数のゾンビが霧の中から現れると、階段に躓いては転んでってすがり、後からあとから亡者の軍勢が続いていく。


 我先に浜辺を離れ団地の高台へと走る住民達を建物の陰から不意に現れたゾンビが抱き着き顔面へ噛みつく。注意を削がれた住民が音も無く回り込んだゾンビに隙をつかれて犠牲になる。恐怖で足を竦ませた住民は何ら抵抗も無くゾンビの餌食となり、其処彼処そこかしこで狂瀾の宴が始まった。


 絶え間なく響く生者の叫び声、低く響き渡る亡者の唸り声、阿鼻叫喚の狂騒曲が更なる死の到来を賛美する。


 今宵の主役が階段でのたうつゾンビの中心を我が物顔で掻き分けて、蒼白く月明かりに映える脚を交差させ血潮の絨毯レッドカーペットを踏みしめる。


 目の醒めるような真っ青の髪はアシンメトリーに霧を切り裂き、淡いサファイアの瞳には五芒星のハイライトが流れて光り、マーチングバンドよろしく抜き身の刀をくるりと手繰らせリズムを刻む。


 亡者の中の亡者、死人の中の死人、死せるを快楽、生きるを苦痛と倒錯する人外の異形、死せるモノすべからく崇拝する団地のアイドル、モア・トリッパーズが死後クール担当、ネクロマンスヴァンパイアのソヒィちゃんが御身を愚民共の前へと現した。


「お待たせしたわね?良い終末をdead luck!!」


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