第067号室 駅ナカ まだまだ、名を伏せられし者
地下鉄駅ナカの噴水広場から異世界住民達の視線が、グルメ街の創作サラダ店に注がれる。
「いますわね?二本の触角と六本足の悪魔が………」
「ヤベェ!黒光りする闇の支配者だ!!」
聴覚に優れるエルフのエクセレラと獣人のラナカディアンを筆頭に他の住民も、瞬き無く眼を見開き、耳をそば立て、口を半開きに、前傾姿勢で手の平を胸の前に構える。
「!………聴こえた!!闇に潜み群れ為す影の足音!!!」
「あ〜、ぼっかちゃん!!夏の、夜の!風物詩!!どすなぁあ〜〜………!!!」
ゴブリンのパナキュルと鬼のティヲが、カサカサと身の毛もよだつ恐怖の足音に気付き、一同の鼓動は高鳴り、冷や汗が頬をつたい、膝が震え、乾いた喉に固唾を呑み込み、腰が引けて踵が浮き上がる。
「科学が唯一敗北を喫した歴史が証明する究極完全生命体・G!!!何時の世も!!何処の世も!何故私達の安らかな暮らしの中に入り込んで来るのぉ!??」
「いるですか?インルデスネ!?何ですか?ナニがいるんですか!??………」
ドワーフのホーリエとダークエルフのマイマズマの恐怖が周りへと伝染し、瞳孔は開き切って、呼吸も浅く、身体中の筋肉が強張り、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「ふふふ………ふふふ………………」
狼狽える住民達にグロウゼアが思わず笑い首を横に振る。
「ただの虫ケラ如きに、なんてザマだ?相手は矮小な『タダの虫ケラとは失礼な!』………ナニぃ???」
『今の言葉、訂正して下さいよ!!』
「………何だぁ!?………………ああ???」
突然放たれた発言者不明の言葉に、辺りが水を打ったよう静まり返って、時が止まったかのように全てが停止する。
「「「「「いやぁああああああああああああああ!!!!!」」」」」
絹を引き裂くような、硝子を引っ掻くが如く、B級ホラーの犠牲者じみた、乙女達の甲高い絶叫が地下街に反響する。そう!彼女達の元いた世界にも奴らは居たのである!!
「ああ!ああ!!あああ!!!」「嘘ウソ!?うそでしょおう??ちょっとおかしいわよお???」「しゃ〜べった………???」「ヤバイよ!やばいよ!!これはやばいわよコレ…………!!!」
お洒落なサラダの発色鮮やか塩ドレに輝く青菜の裏から、鼈甲色に光を反射する二本の細長い触角が、言葉の主であると示すように続く声に従って揺れる。
『どうも皆さん、初めまして!私はソーシャルネットワークの探求者、人呼んで団地のSNG!つまりは喋るゴキ「わっ!!!!!」わっ!………びっくりしたな〜も〜』
感覚機能の
(きゅ………!)
2メートルを超える長身から受け身も取らずに、後頭部を広場の花壇の角へと
そこまで深刻な事態になるとは、と怯む住民達を尻目に、魂の抜けたマイマズマの陥没した頭部から、ドス黒く変色した血が広場のモザイクタイルに添って流れ出す。
『えっと、お嬢さん?大丈夫ですか??』
SNGの心配を他所に、まるで肉体があるかのようにマイマズマの身体から生霊が床に手をつき起き上がり、肉体より解き放たれて宙に浮かぶと声も無く絶叫の続きを叫んだ。
「これ!やばいヤツでしょ!!!」
真っ先に回避行動を取ったパナキュルに全員が続く。
肉体を死へと追い遣った標的に向けられたマイマズマの最高傑作にして最低最悪の
『ちょっと前を失礼!』「あきまへん!!!」
易々とレーザーを躱したSNGが足元を横切り、ティヲが我を忘れて仕込み杖を逆手から純手に持ち替える。思わず放たれた
『ぶぅううう~~~~ン(笑)!!』「いやぁああああああ~~~~!!!」
滑空するSNGにロックオンされたエクセレラが死に物狂いで足掻き、火事場の
『なんだコイツら!ヤッベッゾ!!』「くっっっそぉあああ………!!!」
ホーリエがブローチの安全装置を解除すれば、ドワーフ最先端の錬金術が超合金を無から創り出し
『もう、めちゃくちゃですよ………』「逃がさねぇぞぉおおお………!!!」
針の穴よりも細く小さな安全地帯を高速で擦り抜けるSNGへ、傷付きながらも危険地帯を突っ切ってラナカディアンが鉄拳を放つ。搾り上げられた肉体と研ぎ澄まされた精神に呼応し、骨格から変形するレベルの降霊術が
「全員武闘派、ラスボス級の魔女じゃ無いの?やってらんねぇー………」
自滅して奈落へと墜ちる異世界の住民達を見渡し、自らも落ちるに任せるグロウゼアが、炎の如く陽炎揺らめく瞳を閉ざす。
(ダークエルフの術式は射たれれば、防ぎようがない上に射程が長過ぎる。何より死んでも止まらない!鬼のアレは妖術の類か?原理が分からない、しかもモーションが無いに等しかった、早過ぎる。エルフめ、風精霊の使役で何故、時空を捻じ曲げられる?大砲をその身に括るドワーフの錬金術は最早、絵空事の粋だ。肉弾戦では獣人、見た目からして完全に化け物じゃないか………)
ため息混じりにグロウゼアが瞳を開いて天井を見上げる。燃え盛る紅色の右眼に宿る
皆がグルメ街の散策に集中しているのを確認すると、ベンチから疲労困憊の身体に鞭を打って立ち上がり、創作サラダのショーケースの裏に回り込んで青菜を齧っていたSNGに一言申す。
「ただの虫ケラ如きと言ったことは訂正しよう………」
『………はい???』
狼狽える子供を尻目に飄々と、黒光りする六本脚のGを屠る
「世を乱しては、
『あっ、ちょっ!やめ………あ!』
腕が震えるほどに強く握り、指でなじって捏ね繰り返し、粉になるまで磨り潰して、確実に息の根を止める。
ふと、シーラカンスの切り身を不味そうに口に含むパナキュルと目が合った気がした。
(ゴブリン、ただ逃げただけ………だが、生き残ったのは奴一人だ。さて、これをどうとらえたものか?)
クソほどの役にも立たない害虫であっても、戦場であれば貴重なタンパク源である。
グロウゼアが手のひらにベットリと
「葉っぱなど、イナゴにでも食わせておけば良いのだ………」
そう呟くと今回は戦場では無いので、体液を青菜で拭い捨て、精肉店へと足を向けた。
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