第066号室 駅ナカ コスチュームパーティー


 やがてたどり着いた繁華街向け高級販売店へ全員で入店、それぞれ気に入る衣装を探して周る。


「まあ、こんなもんでしょう」


 まずゴブリンのパナキュルが着替えを終えた。夜嬢専門店のどこにあったのかというほど、何の変哲もないタートルネックのセーター、と見せ掛けて実は用途不明の切れ込みが隠されており、幅広のベルトと一体化した後ろに短くスリットの入った膝下丈のタックスカートを履いて、比較的低い身長ながらも綺麗目なお姉さんといった装いになる。


「私に合うサイズの中では、これがマシですね………自分で作るまでの繋ぎです。贅沢は言いませんよ?」


 ダークエルフのマイマズマほどの高身長向けの衣装は限られており、選ぶのにも余り時間は掛からなかった。赤紫色の光沢のあるシルク生地を用いたチャイナドレス、高濃度デニールのブラックタイツ、ネットで髪を束ね肩にかけて前に流す。病的な色気のある貴婦人を思わせる形となった。


「私も逆にサイズが無かったわ?あは、ちんちくりんでどうもすみません………!」


 ドワーフのホーリエが何故かキレ気味であがる。少女体型で反則的に出すトコ出したわがままボディを、小等女学生向け制服に押し込み、露出も無く至って正常な着こなしでありながら、法に接触しかねない危うさを見せる。


「何か間違えている気がするな………少し見てもらえないか?」


 北欧の民族衣装を想わせる刺繍の施されたロングスカートとシャツに、セーターベストを着たオークのグロウゼアが首筋を押さえながらホーリエに近付き、商品タグが付いたままなのを見せられたホーリエがわざとらしく目を見開く。


「わざとやってませんかぁ〜?そのタグは捨てていいのよお??」

「ああ………やはりそうか。どおりて首がチクチクすると思ったんだ」


 更に一瞬、言い淀んだグロウゼアが重々しく口を開き、靴を脱ぎ中から潰れて圧縮された紙屑を取り出す。


「………すると、こちらもか?」

「えぇ………そうよ、痛かったでしょう?………疲れが脳にまで来てるのね」


 今度は素で驚いたホーリエに、グロウゼアが悲しそうに頷いた。


「アテのお里の着物と、似と〜のがあって良かったわ〜」


 鬼のティヲは、漆黒の黒染め反物へ上品な和柄の箔を打った高級着物に、エキゾチックパターンの黒レース羽織りを肩に掛け、シンプルな銀細工のかんざしで髪を纏め、唯一肉の露出するうなじを艶かしく晒す和装の喪服に身を包んだ。


「角が引っ掛かって着れね〜〜〜ッ!!」


 問題は獣人、ラナカディアンであった。チューブタイプの衣服は角が引っ掛かって着れず、ボタン式は不器用過ぎて留められない。元々、裸族らしいしそのままでいいのでは、という意見も出されたが、意外にもティヲが反対し、ぶつくさ言いながらも合気で押さえつけ、絆創膏を局部に貼り、半袖パーカーと魚のプリントがされた前掛けを、褌状ふんどしじょうに巻いてしまった。


「エルフの方が戻って来ませんね……(ボキボキ!!ボキボキ!!!)あ………」

「ひ………」「ぃや………」「えぇ………」


 店の奥を見通そうとしたマイマズマが、丸まった背中を伸ばしてメキメキと豪快に腰の骨を鳴らし、誰とも無く悲鳴が漏れて気不味い沈黙が流れる。


「あら、お待たせしましたわ」


 沈黙を破り現れたエルフのエクセレラは紺色のセーター制服に黄色み掛かったスカーフを巻き、透け感の高い黒のストッキングとエナメルのローファーを合わせたスクールファッションで、見る者に時間をかけた割にはシンプルな着こなしだなと思わせた。



―――



 適応力たくましい異世界の住民達は、着替えを済ませると駅ナカダンジョンのさらに奥へと進み、モザイクタイル張りの噴水モニュメントを囲う広場で一旦休憩を取ることにした。


 死にかけのグロウゼアをベンチに残し、他の六人は隣接する都心駅地下の単価お高めお惣菜エリアへ小走りで突撃、全く客のいない、寧ろ従業員すらいない貸し切り状態で無銭飲食を楽しみ始める。


「みなさん、食べられる前に私のところへ持ってきてください。生霊レイスで毒見しますからね!」

「「「「「うぃい~~~☆☆☆♪♪♪!!!」」」」」


 マイマズマの忠告は秒で忘れられる。


「まどろっこしぃいコトやってんな!!」ラナカディアンが無拍子の側方宙返り、ショーケースを飛び越え柱を駆け上がり、超滞空伸身の後方宙返りから、生前の姿そのままに躍動するキリンの姿焼きへ齧り付く。


「こ~れ全部みな、お酒やあらへんほりゃありゃふにゃふにゃゃゃゃゃ………………」ハブ漬け、ハチ漬け、サソリにコブラ、サルの目玉や何かの胎児、果ては薬草の茎で縛った妖精漬けの薬膳酒が、無造作に陳列された埃っぽい一画にティヲが誘われ、酒瓶を優しく抱擁してへたり込む。


「これは魚なのか?不味そうだな………ま、試してみよっか?」パナキュルは生簀いけすからシーラカンスをたも網ですくい上げ、斧で頭を叩き飛ばす。


「金箔のせプリン、真珠を溶かしたシャンパーニュのジュレ、ダイヤモンドでパウダーコートした生チョコ、桃とナノクラッシュオパールのコンポート、それに………反物質安定化キャンディー?一粒10兆円………??買いでしょ………」ホーリエの口にキャンディーが放り込まれる。


「シュガー………?まあ♡アレのことですわね!!」黒褐色の蜜蝋や黄土色の植物油、サイケな切手にカラフルな錠剤が並ぶ手狭な店内から、エクセレラはシュガースティックを選ぶと、慣れた手付きで手の甲に伸ばし全く余すことなく鼻で吸い込んだ。


「もう、みなさん好き勝手してぇ………」何の変哲のない塩おにぎりを擂鉢でお湯と溶き、粒が消え薄くうす~くほぼお湯になったお粥をマイマズマがすする。


 皆一通り食事を済ませると、食べ切れないほど、持ち切れないほど沢山の食糧?を抱えて噴水の前に戻り、失神と覚醒を繰り返すグロウゼアにそれぞれのオススメを食べさせていき、エクセレラのオススメ、ミントチョコを食べさせられてから目に見えて様子がおかしくなる。


「ふふふ、ふふふ………♡待って!まってマッテ!!何か聞こえるゾ!!!」


 焦点定まらないグロウゼアが漠然とサラダの並ぶ一画を指さし、チョコで鋭敏になった聴覚を披露する。何も聞こえないと怪訝そうに口を尖らせるマイマズマ、しかし他の者は皆、緊張の面持おももちでもって感覚を研ぎ澄まし背筋を凍らせた。


(………………カサカサ、カサカサ!)

「「「「「「!!!!!!」」」」」」「え?なんですか??」



 名を伏せられし者が出た。


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