第036号室 ダム バッカルコーン!
腹を引き摺る程によく肥え太った牛を挟んで、息を潜める教授と何も知らずにはしゃぐ
ウキウキで身体をうねらせ踊るように牛の具合を確かめる生存触、徐々に教授との距離も狭まっていく。教授が牛を驚かさない程度に押し込み、牛の頭側へ回り込もうとする生存触の動きを阻止すると、生存触は仕方なく後ろ側へと移動する。相手に併せて壁を維持しようと、引き戻そうとするがコントロールままならない牛は前脚を軸に後部を振り、教授と生存触を隔てる物が無くなろうという瞬間、教授がおもむろに牛のお尻の毛を毟り取った。
(それ行け!)
驚いた牛が強烈な後ろ蹴りを繰り出す。真後ろに立っていた生存触は不意を突かれてなす術なく、弾丸のように弾き飛ばされて家畜の群れに突っ込むと、連鎖的にパニックを起こした家畜の踏み付けによりボロ雑巾と化し、教授はこの隙に奥へと隠れる場所を移動する事が出来た。
(牛さん、ナイスぅ〜〜〜!!)
あらぬ方向に折れ曲がった、元々あったのかどうかも怪しい関節を波打たせながら、生存触が立ち上がる。まるで心配などいていない風の
生存触が大きく身体を上下させ、まず頬を膨らまし、その次に胸部が膨れ上がったかと思うと、教授の動体視力ではとても捉え切れない速さで、首元から下腹部に掛けてが縦にぱっくり御開帳、人の子供と変わらない大きさの身体の、何処に仕舞われていたのか、不思議なほど多くの触手が堰を切って溢れ出し、自身を蹴り付けた牛の首筋にゼンマイ状に巻き付くと、
自身が既に死んでいる事に気付いていないのか、何事も無かったかのように尾を振り、立ち尽くす首の無い牛、脊柱の抜かれた穴を、色鮮やかな鮮血が雨戸を伝うように流れて吹き出し、生存触を真っ赤に染め上げる。生存触は、脊柱の穴へゆっくりと頭から入り込み、触手を捻じ込むと頭を入れ替え、丁度、牛の頭の位置から顔を覗かせた。指揮触か、生温かい歓声が送られ、それに答えるようにお辞儀をして見せると、こん盛りと張り詰めた背中をバリバリと引き裂き、見るも無残な牛の亡骸を見事な活背開きに下ろして見せた。
開かれた牛の中に球形に盛り上がり、粘膜がピンク色に薄く透き通り、内側で絶え間無く蠢く細長い触手の脈動で、今にも弾けてしまいそうな子宮が、脳裏にこびり着き、必死に吐き気を押さえ込む教授。
触手達が作業を終わらせて、解体した肉や触手の詰まった袋を破け無いよう丁寧に抱え上げ、家畜舎を去った後も、教授は心を落ち着けるまで、暫くしゃがんだまま動く事が出来なかった。
「………」「………………」「………………………」
触手達の気配が完全になくなり、家畜舎が静けさを取り戻した中、教授はいつの間にか冷汗で、ずぶ濡れになって張り付いていたシャツの首元を、剥がすように引っ張りながら呼吸を整え、渇いた唾を呑み込んだ。息を吐きながら柱を支えに立ち上がり、改めて地獄さながらの部屋を見渡す。
「………こんな場所、見て見ぬ振りなんて出来ませんね。人間が家畜にされていた形跡もあります。彼等は今から食事で遠分戻って来ないでしょう。今の内にみんなの触手取ってしまって逃しましょうか」
教授はそう独り言を呟くと、部屋の隅に転がりバラバラになった、何の動物の物とも判別のつかない、見ようによっては、人の腕とも見て取れるミイラ化した遺骸にライターで火を灯した。
「古代エジプトよりミイラの腕は松明として、墓泥棒に重宝されて来ました。………実際、よく燃えますね〜」
教授は乾いた肉と腐った油の芳ばしい悪臭を放ちながら、鈍く揺らめく松明の炎を、動物の顔面に張り付いた触手に近づけた。すると触手は、苦しそうに激しくのたうち廻り、ほんの数秒と経たない内に、呆気なく床へ剥がれ落ち、動物達に踏み潰された。
「山で知らない内にヒルやダニに噛まれていた時は、火で炙るとよい。熱を嫌がって自分から離れてくれます。………この触手にも通用するようでよかった」
長い間、目を塞がれていたせいか、松明の炎を見ても大人しく、口を塞がれていたせいか、鳴き声静かに触手を剥がす教授の様子を見守る動物達。教授は声を荒げたり、走り出すものが現れれば、残りを置いて逃げるつもりでいたが、不思議と最後の一頭までつつが無く処理する事が出来た。
「君達、空気読みましたねぇ〜」
大型の動物でも通ることの出来る戸を開け放ち、出来るだけ静かに追いやりながら、教授はふと、触手が置いて行ったらしい、床に転がっている屠殺銃に気付いた。
「ん?
おもむろに拾い上げ構えてみる。多少、手が加えられているようで、人が扱うには重く感じられたが、それでも成体の牛の頭蓋を一撃で破壊する威力と、繰り返し使える機能性は教授に取って魅力的だった。
「折角ですし、貰って置きましょうか」
これまで随分、登って来た。ダムが
何か物を引き摺った跡の残る通路、大きな引っ掻き傷で汚れが剥がれ白い建材の見える壁面、階下ではあまり見られなかった小部屋が目立ち始め、ナイフのような形に引き千切られた鉄板の残骸や、杭状に捻じ切られた鉄柱、刺激臭のする液体の入ったガラス瓶、古い油で汚れたドラム缶、どう言った使い方をするのか想像も出来ない加工品が散乱し、既にこの一帯が触手の行動範囲の中である事を知らせていた。
「これだけ広くて入り組んだ場所です。たまたま、鉢合わせてしまう、それが日に2度も起こるなんてまず無いでしょう……」
憔悴し切った精神が楽観的思考へと逃げていく。先に逃げていた動物達の悲鳴が微かに聞こえ、教授の足が止まる。段々と大きく、多く、そして近付いて来るその騒乱を聞き、逃げた動物達が触手と鉢合わせてしまったのだろうと教授は考えた。
「あ〜運の悪い動物達………申し訳無いですが困った時はお互い様です。僕は彼らを触手から助けて上げたのだから、囮くらいやってもらってもいいでしょう」
悲鳴から遠ざかるように進み、今までに無かった鉄板の扉を押し開けると、天井が霞んで見えるほどに、壁もそれと同じくらい遠い、錆びた鉄材で組まれた足場の入り巡らされた水力発電施設が広がっていた。
「やっとダムらしい物が出て来ましたね。しかし、これだけの広さで、支柱も無く支えられる天井の重量には限界があります。という事はここを登れば、流石に外でしょうね」
階下が透けて見える
「………おっと?」
牛、馬、
「………おおっとぉ!!?」
一瞬、足元に視線を落とした工作触の身が引き締まり、絡め取られていた動物達が一斉に悲鳴を上げる。そしてすぐに視線を戻し、触手を振り乱し、劣化した足場を破壊しながら、転がるような爆走を見せる工作触に、自分が最短距離でロックオンされている事に気付いて教授は戦慄した。
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