第020号室 擬態触

 擬態を解きシスターを拘束した触手は、その身体で塞いでいた折り返し式階段を素早く降り始めた。


「だめぇえええええええっ………………うっ!!!」


 金切り声を上げ走り出した小夜の足元に、バックパックが投げ込まれ、足を掬って前方宙返り。いつものランドセル受け身。


「そこに居ろ!!」


 バックパックを捨て身軽になったボブがシスターを抱えた触手を猛追する。折り返し式階段の踊り場で向きを変えるたび速度を落とす触手に対し、階段を使わず手摺りから飛び降り、下の階の手摺りとの僅かな隙間を巧みに摺り抜け一瞬で追いつく。


 落下の勢いそのままにサバイバルナイフを一振り、シスターの左腕を抑えていた丸太のような触手の側面がベロりと削ぎ落される。体液を溢すまいと筋肉を引き締め止血する触手、拘束する為に必要な最低限の筋肉量を失いシスターの腕が抜ける。


 構わず階段を降り続ける触手からシスターが腕を伸ばし、ナイフを捨てたボブは疾走状態からでも問題なくその腕をがっちり掴む。ボブが階段の踊り場で手摺の側面を蹴り付け踏ん張ると、シスターもタイミングを合わせて渾身の力で引き寄せ合う。触手がずり下がり、シスターの背負っていたリュックサックの背負い紐が引き千切られ、上半身が自由になる。


 もう一息と二人が両手を取って再度、力を込めた瞬間、触手が拘束を解き二人をつんのめらせた。シスターが勢いを殺し切れず、側頭部を踊り場の壁にしたたか打ち付け、さらに触手に足を引かれ転倒、階段の角に側頭部をもう一度打ち付け昏倒する。


 ボブが素早く態勢を立て直し腕を掴むも、一人分の握力では保持し切れずにすっぽ抜ける。


 階段を降るのを止め団地の吹き抜けへ向かう触手、胴をうねらせ追いすがるボブを牽制し、意識の無いシスターを高く掲げる。


「待て待て、待て待て………!!!」


 触手が見せつけるようにシスターの態勢を整え、吹き抜けから身を乗り出し、ボブが間に合わないギリギリの速度で拘束を緩めていく。ボブが触手を抱え引き寄せるも、たわみが伸びただけで効果が無い。


「Fuc「おらぁあああッ………!!!」」


 自身の力の無さに苛立ち、汚い言葉を吐こうとしたボブの視界を上から下へ、飛び降りて来た小夜が横切り触手とシスターに激突する。


「ファッ!?」


 ボブが驚きの声を上げ吹き抜けから身を乗り出して下を覗き込み、手摺りとの接触面を支点に触手が巻き込んで、二つ下の階へ小夜とシスター共々飛び込んだの見て思わず顔をほころばせる。


「フゥ!ムチャが過ぎるよ、まったく………」


 ボブが大きく息を吐き出すと、仰天し、のたうつ触手に小銃を突き付け、真横に掃射、最小限の弾数で胴を破壊し切断する。決して小さく無い損傷を受けた触手は、千切れた部分を置き去りにして全速力で階段を逃げ降り、瞬きする間に消えていった。


「小夜ちゃん、とんでもないな~」


 ボブがそう言いながら階段を駆け、小夜とシスターの飛び込んだ階まで降りて見た物は、触手を筋肉に見立てて束ね、人の形に織り上げたかのような巨大な異形が、シスターを抱きかかえ、小夜を締め落し、団地の吹き抜けを飛び降りるところだった。

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