【文学】お題:メジャーな復讐 必須要素:クレジットカード

「え? シチューをご飯にかけるの?」


 杏香はそう言って目を見開いた。まるでローソンの隣に建てられたセブンイレブンを見るかのような冷ややかな目だった。


「かけるよ。カレーと似たようなもんだと思うけど」

「ううん、違うよ。ホワイトソースとご飯なんて混ぜたら、すごく甘くなっちゃうよ。カレーとは真逆」

「そうかな。僕の家ではみんなそうやって食べてるけど」

「それはマイナーな方よ」


 僕の常識みたいなものが杏香によって正されるのは、これが初めてではない。

 なぜかよくわからないけど、僕達二人の意見が食い違った場合、たいてい杏香のほうが正解だった。ちなみに前回は、クレジットカードとヤミ金融は違うものだと正されていた。


 常識感覚がズレていることに関して、僕は明解な回答を持ち合わせていない。


 確かなことは、僕が分かれ道に立った時、何か見えない力が働いて、僕を間違った方向に連れて行っているということだった。

 その力を見極めようにも、その力にはまた別の力が働き、相互に影響しあっていた。


 もはやどれか一つを矯正するだけでは解決できない問題だ。全ての力を投げ出せば可能かもしれないが、そうして残ったものが僕自身と言えるのかどうかは疑問だった。


 そんな風に違うにもかかわらず、僕と杏香がこうしてお昼ご飯を食べているのは、似ているところのほうが多かったからだ。

 二人共、本を読むのが好きだった。運動するのは苦手だった。他人と話すと、的外れなことを言って周囲を困惑させた。クラスの流行りものに疎かった。


 でも、こうして二人になると杏香は、そういった性格がまるで演技だったかのように振る舞う。僕はまるで巣穴に取り残されたみたいに、彼女の話を聞いていた。

 彼女の前では、僕はより卑小なマイナーになってしまっていた。



 ◆



 僕には友達と呼べる人はいない。


 放課後に話しながら帰ったり、体育で二人組を作ったりするのは出来たけど、それは友達とは言えない気がした。


 僕が必要としていたのは、先生に対する評価とか、面白い動画とかじゃなく、もっと切実な問題を共有できるような相手だった。

 それが本当に切実でなくても、今の僕自身にとって切実な問題を……だ。


 杏香とはそれが共有できた。なのに、僕は彼女を友達だと思っていない。

 唐突に不安に襲われた時でも、杏香という友達がいることを思い出すだけで気持ちが落ち着いた。それでも、何かが決定的に足りない気がした。


 友達になるかならないかの分かれ道の前で、僕は自分の行動どころか心さえ制御できずにいた。ただ、予感だけがそこにあった。

 僕は多分、その得体の知れない予感に従って、あまり一般的でない方へと流されてしまうだろう。そう思うと悲しくなった。


 あるいは、杏香が女友達と一緒に僕の悪口を言っているのを、偶然聞いてしまったのが原因かもしれない。


 杏香は、僕がいかに常識ハズレかをみんなに教えて笑わせたり、『面白いからみんなも話してみたら?』などとけしかけたりしていた。

『カレーに何入れるか聞いたら笑いが止まんないよ』と言う彼女の声は、後になってみるとまるで思い出せないのだが、その時に感じたひんやりとした内臓の感触はく覚えていた。



 ◆



 その夜、僕は杏香に復讐しようと考えていた。


 杏香を僕と同じ目に合わせる……それが目的だ。物を隠すとか、陰で殴るとか、仲間はずれにするとかのメジャーな復讐でダメだ。それでは、杏香がよりメジャーな人間になってしまう。


 一晩考えた結果、僕は何もしないことにした。


『何もしない復讐』というのはかなりマイナーなものに違いない。そうすれば、杏香はよりマイナーな存在になり、クラスからも孤立するだろう。


「ねぇ、最近あんまり変なこと言わないようになったけど、何で?」

「そう? いつも通り答えてるつもりだけど」


 僕は何もしない。それが復讐にふさわしい。

 もう彼女に、友達と話す話題は存在しなくなるだろう。


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