【エッセイ】お題:暴かれた旅行 必須要素:コミティア

 青春18きっぷの旅は、果てというものがない。


 窓際の席で揺られながら、僕はふとそう思った。

 いつも見慣れた線路が、どこまでもどこまでも続いているように見えたし、ふと目を向けると見慣れないたくさんの車窓が断続的に滑っていく。聞き慣れたガタンゴトンという音がする度に、自分の家からどんどん遠ざかる恐怖に包まれる。


 それはまるで、一方通行の階段を降りていくような錯覚だった。振り向いた先には何もなく、前の景色しか見えない。目的地に辿り着くかどうかもわからない。

 ただ、降りることだけを目的とした宗教儀礼のように。


「青春18きっぷと旅行は、ちょうどネジと時計のような関係にある」


 とある本に書いてあった言葉だ。ネジを巻き忘れた時計はいずれ止まってしまう。それはさながら時計の死だ。時計の死は急に訪れる。時計を見た時、自分の予想とあまりに違う時刻が表示された時に、初めて。

 時計を止めないためには、ネジを定期的に巻かなかければならないが、実際はそうでもない。たとえば僕の場合、ときどき時計の方から「そろそろ巻いてくれないか」と語りかけてくるような感覚があった。そんな時、僕はネジを巻いた。僕と時計の秘めやかな繋がりがそこにはあった。


 青春18きっぷと旅行もそうだ。青春18きっぷは、一日中電車に乗り放題になる切符だ。僕はこれを使い、行きたい駅に行きまくるのが好きだ。

 けど、旅行に行きたいという気持ちは中々続かない。駅巡りエネルギーみたいなものを、僕は定期的に補充しなければならない。

 補充する時はもちろん、切符が語りかけた時だ。切符の語りかけに応じて、僕はこれから行く駅の良さを想像した。もしエネルギーを補充しなければ、やがて自分の予想と違う旅が現れる。それが18きっぷの死だった。


 思案から覚めると、あたりはまた違う風景に変わっている。どうやらネジを巻き忘れたようだ。

 けれど、見慣れない風景は、心の奥に眠る風景と共鳴するときもある、コミティアでジャケ買いした本が暴く性癖でもある。


 新たな出会いを求めて、僕はもう一度思案に眠った。


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