【百合】お題:最弱の団欒 必須要素:刀

 入学式もHRも終わり、校門へ向かう新入生を待ち受けていたのは、部活勧誘の嵐だった。


 どこの部活も、ロボットみたいに同じ台詞「○○に興味ある?」「初心者でも大丈夫。私もそうだったから」を繰り返している。私はどの声も心に入れず、それでいてゆったりとした歩調で歩く。

 重たげな桜の花を纏わせた枝は、春特有の強い風に煽られて大きくたわんだり伸びたりを繰り返している。早く花を散らしてしまいたいと、一生懸命に動いているみたいだ。私は思わずため息をついた。


 高校は大学受験の準備をするところだと思っていたのは私だけだった。

 仲の良かった友達は、通いやすいとか、顔なじみが多いという理由で近くの高校を選んでいた。私は、そんな友達のことを馬鹿だと思っていた。

 部活して恋愛してこそ青春? 恋愛なんていらない。部活は受験勉強の息抜きだ。


 しかし、3年間の息抜きに相応しい部活を選ぶのは、高校を選ぶより難しい。

 中学では家庭科部に入り、フェルトのマスコットやらティッシュカバーなんかを作っていた。けど、ここには家庭科部はない。

 もちろん知っていたけど、もう続けたくなかった。家庭科部のことを思い出すと、どうしてもあの子のことを思い出してしまうから。


「ねえ、君。肩に白いものが乗っかってるよ?」

「え……えっ? ど、どのへんですか?」


 そんなことを考えていたからだろう。私は馬鹿正直に肩の上を払ってしまう。おろしたてのセーラーの襟は綺麗な紺色で、白いものなどどこにもないのに。


 騙された、と思って俯きがちに声のした方を見ると、背の高い女の子がいた。斬れ長の目と短めの髪は、私を足止めした。

 そして肩に担いでいるのは……刀? 剣道部かな? いや、剣道部は竹刀だろうし……だとすると演劇?


 騙されたことを笑われるかと警戒していたのに、場違いな格好をしたその人は眦の張りを少しも緩めようとしない。本当に私の肩に何かついているのだろうか?


「はい、これ。落としたよ」


 そう言ってその人が差し出した手には、私のティッシュ。あ……ありがとうございます、とつっかえ気味のお礼がかろうじて出てきた。なんだか自分のペースが掴めない。意地悪だと思ったら急に親斬になるなんて。


「よかったらさ、ウチの部に入らない?」


 刀の子は私に笑顔を向ける。どうやら部活の勧誘だったらしい。ということは先輩か。……どうしようか。またあの子みたいに困らせたりしないだろうか。私の心を揺さぶるあの子。

 悩んでいる私。するといつのまにか、その先輩は人混みへと消えていた。


「この世で一番弱い図形は何だと思う? 次にくるときに、答えを聞かせて」


 その言葉を残して。





 次の日の放課後。私は未だに答えを出せないでいた。


 そもそも図形に強い弱いなんてあるのだろうかと思ったが、あることに思い至る。小学校の時、塾で三角形と四角形の違いを勉強した。棒をつなぎ合わせて作った三角形と四角形。

 四角形は、上に物を載せるとすぐに潰れてしまった。余計な棒が一本あるせいで、四角形は弱くなった。答えは四角形だろうか。


 なぞなぞの答えは思いあたったが、問題はもう一つある。ティッシュについていたメモだ。昨日の、刀を持った先輩のしわざに違いない。

 怪しさ満点だけど、好奇心という名の悪魔が私を突き動かした。奴らは、私を焚き付けるだけ焚き付けて、危なくなればふっと消えてしまう。それなのに動かずにはいられず、動いた自分が嫌になってしまう。人生はその繰り返しなのだと思う。


 動かなければ後悔せずにすむのに、私の足はメモに示された部室へと向かっていた。廊下はまるで特殊なハチミツを流し込んだみたいに夕焼け色に染まっていた。日中の白さが嘘のようだった。そんな廊下を進んでいくと、私の目に予想外のものが飛び込んできた。思わずはっとした。部室のドアについた「家庭科部」の文字。


 その文字は私の心に投げ込まれ、かすかな、それでいて確かな波紋を作る。胸の奥にざわめきを感じる。中学の私は、作品作りが第一と考えて、ひたすらに作業に没頭していた。小学校とは違い、真面目に作る私は誰からも羨ましがられることはなかった。みんなお菓子を食べながら、芸能人や合コンの話をしていた。

 あの時は遊んでる子たちのほうがおかしいと思ってたけど、今は、違う気がした。ただ単に、私があの子たちとの距離の置き方がわからなかったからかもしれないから。私は最弱の四角形だから、四角四面の付き合いしかできなかった。


 そんな私を気遣ってくれたのか、一人の女の子が声を掛けてくれた。

 

 彼女は私にそういった話をすることなく、ただ隣にいて一緒に作業をしてくれた。同じものを作っているだけで、あの子になってる気がした。2人が黙って作業をしていたので、部室の空気は少し痛々しいものになったけど、私にとっては柔らかい空気だった。無言の団欒は心地よかった。


 けど、私は、そんなあの子に対して――。


 心のざわめきを振り払ってドアを開ける。思いの外、大きな音がした。中には、窓の方を見ていた女子生徒がいる。丸っこい瞳がポニーテールを揺らしてこちら側に向いた。

 

 ――っ?!


 その顔を見て驚く。だって、目の前の女の子の顔立ちが、あの子にそっくりだったから。優しい瞳とか、小ぶりな唇とか。もちろん、別人だとは思う。だってあの子は、別の学校へ行っているはずだ。身長だって違うし。


 私に呼応したかのように、彼女の瞳も驚きに満ちていた。小さな葛藤をたくさん湧き起こしたまま、知らないフリをして消えていく種類の驚きだった。しかしそれも、徐々に落胆へと変わっていく。私はというと、衝撃でティッシュカバーとメモを落としてしまい、立ちすくんでしまった。


 すると、彼女は私に向かって白い紙を広げて見せる。目を凝らしてみると、どうやら私の貰ったメモと同じらしい。

 この子も先輩に呼ばれたのだろうか。一体なぜ? どうして私達を呼んだのだろう。なぜあの子とそっくりな子を呼んだのだろう。ただの勧誘にしては手が込んでいる。


「よく来てくれたね」


 声の方へ振り向くと、入り口に昨日の先輩が立っていた。昨日と同じ刀を肩に載せていた。


「君たちを呼んだのは、この刀の処理を手伝ってほしいからなんだ。ああ、でも怖がらないで、これは君たちへのサービスさ。君たちにもメリットがある」


 先輩はそう言いながら部屋に入り、私達に近づいていく。先輩の雰囲気と刀に押されて、すこし後ずさってしまう。

 一体何をする気なのだろう。あれで私達を脅して何かさせようと言うのか。口の中から水分が抜けていく嫌な感じがする。どうにかして逃げるべきかと考えていたら、先輩は肩の上の刀を下ろして、鞘を抜いた。


 ギラギラとした刀身が現れる。命の危機を感じさせるような重厚感をもった輝きだ。


「いいかい、この刀は普通の刀じゃない。妖刀なんだ。見えるものは斬れない、けど見えないものなら何でも斬れる。ウチの部に代々伝わる刀だ。ウチの部では、新入生の斬って欲しいものを斬るのがしきたりでね。

 この刀は、この学校にある未練を吸ってしまうんだ。そして、ある一定量を超えると無差別にいろんなものを斬ってしまう。そんなことになったら大変だ。そうなる前に、この時期に力を使ってしまいたいんだ。何かを斬れば妖力は消滅して、当分は普通の刀になるからね」


「見えないものって……例えばどんなものですか」


 あの子にそっくりな子が言う。妖刀という設定を疑っている私とは違い、彼女の目は真剣だった。


「簡単だよ。目を閉じてごらん」


 この人の前で目を閉じるのは危険だと思うけど、そっくりな子は既に言われるがままだったので、私もそれに倣った。一体、何をする気なのだろう。

 抜身の刀が目の前にある恐怖は、不思議と徐々に薄れていった。かわりに感じる、放課後の少し肌寒い空気、まとわりつくような板張りの匂い、かすかに聞こえる騒がしい声。様々な感覚がはっきりすればするほど、先輩への猜疑心が強くなっていく。


「はい、もういいよ。今のでわかったかな」


 今ので……? どういうことか疑問に思いつつ、言われた通り目を開ける。


「見えないものとは、目を閉じても感じられるもの全てのことだよ。味覚、聴覚、触覚、嗅覚……そして第六感。人の感じるものは全て斬れる。一番多く斬ったのは縁だ。他には未練、心なんかも。残念ながら他人のものは斬れないけど」


 なるほど、目を閉じたのはそのためか。その点は納得するけど……。

 もやもやが解消できないでいる私とは対称的に、隣の女の子はわずかに震えていた口を開いた。その仕草が私を惹きつける。唇の上で言葉を転がす様子が似ている。


「じゃあ、お願いします。私が斬って欲しいのは……心です。私の、女の子を好きになってしまう心を斬って欲しいです」


 彼女は訥々と自分の体験を話し始めた。その話に私はハッと心を打たれた。彼女の語ったことが、私とよく似ていたから。陸上部で浮いてた女の子を助けたこと。顧問がいなくても一人真面目にやるその子に寄り添ったこと。髪留めを交換し合ったこと。――二人で着替えてる時に告白され、強引に迫られて、こっぴどく振ってしまったこと。


「本当にいいんだね」


 少しの沈黙が場を覆う。先輩は鞘を置いて刀を両手で握り、彼女の方へ向ける。

 何もかもを壊してしまいそうなほど鋭利な刃先。

 その斬っ先が自分に向けられているような気がして、私の心が急に叫びだす。


 わ、私は――。

 私は間違ってない!!


 あの子を好きになってから毎日が楽しかった。いつもあの子と会えるのを楽しみにしていた。会うと胸が高鳴った。あの子の言葉で世界が変わった。なのに……なのに……どうして裏斬られたんだろう「そんなつもりじゃない」って、どういうつもりだったんろう。


 気持ちに歯止めがきかない。求める心が止まらない。

 先輩のなぞなぞを思い出す。一番弱い図形は、今の私だ。私は四角じゃなくて丸だ。どこまでもどこまでも転がっていく。その先にあるものが何なのかも知らずに、ひたすらに吸い寄せられる。


 先輩は刀を振り上げる。やめて欲しい。間違ってることにしないで欲しい。

 けど……私の願いは虚しく刀は振り下ろされた。

 空気を斬る鈍く鋭い音がした。

 軌跡にあるもの全てを斬るような乱暴な音。


 先輩は刀の全身を眺めた後、顔をわずかに綻ばせる。そして、斬っ先を私に向ける。


「さあ、次はそっちの子の番だね。何でも言ってごらん」


 その鋭い刃先が、私の判断を鈍らせる。私は同じことを願っていいのだろうか。

 間違いだなんて認めたくなかった。けど、あの子との時間はもう取り戻せなくなった。私はあの子と作ったティッシュカバー以外、何もかも失ってしまった。

 あんな気持ちにならなければ……もう一度友達としてやり直せるとしたら……。


「まぁ、言わないのならそれでもいいよ。でも、君が何かを斬られたがってるのは間違いないと思う。最初見たときにそう感じたから。だから、私はその何かを斬る」


 先輩はそう言って、再び刀を振り降ろした。


 私達二人から、見えない何かが消えていく――。

 丸い物はどこまでも転がっていく――。

 転がっていることを忘れていく――。





 次の日。私はなぜかポニーテールの女の子と学校へ行っている。

 何か重大なことを忘れている気がするけれど、それが何なのか思い出せない。

 私はこの子をいつ好きになったんだろう。どんなところを好きになったんだろう。時々考えるけど、何も思い出せない。私はこの子と友達になれるだろうか。


「その髪留め、かわいいね」

「――そう」


 何か会話をしようと思い、髪留めを褒めてみる。けど、答えは切れ端しか返ってこない。


「あなたのティッシュカバーもかわいいわ」

「え、そ、そう?」


 突然に言われて、一瞬なんのことなのか考える。ポケットを探ると、確かにカバー付きのティッシュが出てくる。

 こんなもの持っていたっけ?


「どうしたの?」

「どうしてかな、覚えてないの。けど、とっても大事なことだった気がする」


 私たちはもう何も思い出さないまま、髪留めとティッシュカバーと共に生きていく。けどそれらも、ちょっとしたことで、消えたり壊れたりしてしまうのかもしれない。

 そんな得体の知れない恐怖と隣合わせになりながらも、私はこの子を大事にしたい気持ちを強くしていた。

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