【百合】お題:可愛い仕事 必須要素:SF
二度寝する時の気分は面白い。あの、長いようで短い時間。たったの10分の眠りでさえ、何時間にも思えたり……その逆だったり。二度寝はドキドキとふわふわを運んでくれる。
二度寝から覚めるときは、少し憂鬱だ。早く目が覚めたので二度寝したら遅刻寸前だった時は特にそう。まるで身体を誰かに乗っ取られたかのような感覚に襲われながら学校の準備をする。布団が好きな私はどこへ行ってしまったのか考える間もなく、私は家を出てしまうのだ。
そんな憂鬱があっても二度寝は好きだけど、表立って人に言うことはない。二度寝はだらしない印象を与えてしまうからだ。私も二度寝のせいで遅刻ばかりしているし、授業中もぼーっとしている。私があまりできる子じゃないことは、そこそこ周知されている。
それでも、二度寝を仕事にする人はいる。私の姉だ。
姉はいつも、朝の6時半に『ティファニーで朝食を』の曲で目を覚まし、いそいそと身体を動かした後、布団をかぶり直す。時間に流されることなく、優雅に眠り直す様は、結構な人数のファンを虜にしている。身内の私から見てもそうなのだから、他人から見るとさらに美しく見えると思う。
私が姉の仕事を知ったのは、クラスメイトとの雑談だった。
「ねーねー、あんたのお姉さんって、寝顔アイドルなんだって?」
私は、聞きなれない言葉にはてなマークを浮かべる。遅れて、自分の姉がよく寝ることを知られたことによる恥ずかしさがやってきた。
「えっ……知らないよ? 確かに、私のお姉ちゃんは、その……よく寝るけど」
「うそーっ、知らないの? あんまりにも気持ち良さそうに寝るから、クラスの人が、お姉さんの寝顔を写真にとって雑誌に送ったんだって。そしたらそれが採用されてね――」
事の顛末を聞きたいような聞きたくないような気持ちで過ごしていると、クラスメイトが「気持よく寝るコツって何なのか、聞いといてね」と言葉を残し、足早に去っていった。彼女はバレー部……だったっけ。私はなんだか姉に対して申し訳ない気持ちになりながら、家路につく。
私は部活には入っていない。ピアノのレッスンや塾があったし、何よりあの姉が気がかりなのだ。部屋に入ることすら出来ないくせに、気になってしょうがないのだ。
姉は中学に入ったとき、学校へ行かずに部屋に閉じこもった。
いつもいつも、思い出すのは姉の部屋のドアに掲げられたクマのプレートだ。ドアを開けたくても、その向こうにある大きな力に押されているようで、手が硬直する。まるで魔法にかかってしまったかのようなあの感覚は、今でも時々、不意に私を包み込む。
そうすると、心が鉛にみたいに重くなって、泣きたいやら怒りたいやらよくわからない気分になる。その度に私は、ドアの向こうで微笑んでいる姉の姿を想像しようと目を瞑る。……でもその想像は、うまくいった試しがないのだった。
高校生になると、姉は学校に行くようになった。しかし、どうやら学校へ行っても寝てばかりのようだった。
とくに夜更かしをしている様子もなかったので、家族全員が不思議に思っていた。時々、父親が病院のパンフレットを持って帰ってきたが、母親は相手にしていなかった。病気だと認めるのが嫌だったのかもしれない。
そんな不思議な姉に対して、私は羨ましさを感じている。私は二度寝をして怒られるのに、姉は二度寝をすると美しいと褒められ、あまつさえお金を稼いでいるからだ。
私も一度自分の寝顔をとってみたが、姉との違いに愕然として見るのをやめた。私も大好きな二度寝を褒められたり、認められたりしたかった。
けど、そういう嫌な感情も、二度寝は洗い流してくれた。うまくいえないけど、人は二度寝によって初めて自分になるのだと思う。一度目の眠りは、別の何かによって無理に眠らされている感じがする。でも二度目の眠りは、自分が別の何かを眠らせる時間だ。その何かが寝ている間だけ、自分は自分を取り戻せる気がする。
姉は二度寝のことをどう思っているのだろう。些細なことですら聞けないのだから、こんな立ち入ったことなどわかるはずはないだろうけど、微かな予感はある。
不思議だけど、姉の部屋に入った記憶はないのに、私はなぜか姉の部屋の中を思い出すことができる。私の部屋と同じクリーム系の色で統一された、ゆったりした部屋だ。本棚に並べられたピンクのマンガ本の中で、志賀直哉の本がなぜかお供していた。確かに、私の本棚にも歪な感じで太宰治の本が並んでいる。
やっぱり、この部屋は私の部屋に似ている。
夜。明日の準備を終え、布団に入っていると、ドアを開ける音がした。のそのそと起き上がると、姉が目を擦りながら私の元へ向かってきた。私とお揃いのパジャマだった。
私が「どうしたの?」と口を開こうとすると、姉は私の布団の中に入り、ただ一言「眠れない」と呟いた。「そりゃそうだ」と思ったが、反面、「この人でも眠れないことがあるのか」という驚きもあった。間近で見る姉の身体は小さく、私の腕にすっぽり埋まってしまいそうだった。
「いつも眠れないの?」ときいてみると、姉は結構激しく首を振ったので少し驚いた。なんとなく、この人の抵抗というものを初めて見た気がした。特に宥めようという気持ちではなかったけど、私は姉の頭を自然と撫でていた。
「なんだか、自分が無くなってく気がするの」。姉が言った。私に心を許したように寄り添ってくるのを見て、聞いてみる。
「どういう時にそう感じるの?」
「二度寝するとき」
「二度寝のとき? 一回目じゃなくて?」
どうやら私とは違うらしかった。
「そう。二度寝する間、私の姿がお金になってることをあんまり感じたくないの。だから二度寝の間は自分じゃないって暗示をかけてた。けど……」
たどたどしい口調で答える。私は「けど」の続きを想像する。しかしそれはやってこなかった。一度目の眠りが来てしまった。
朝がやってくる。私はいつもどおり二度寝をしようと思ったが、隣の姉が気になった。姉が嫌いなことを隣でするのは気が引ける。
どうすべきか逡巡していると、姉が起きた。決めきれないので、姉に丸投げしてみる。
「二度寝する? それとも今日はやめとく?」
姉はやめると思っていたが、そのまま二度寝についた。確かに綺麗だと思った。今の姉は本当の姿になれているのだろうか。けど、そんな疑問もすぐに忘れてしまう。
もうすぐ二度寝がやってくる。二度寝は私の中にいる別の何かを眠らせる。私は私だけの存在になって、束の間の眠りについた。
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