【百合】お題:同性愛のつるつる 必須要素:ロードローラー
夜。星が零れ落ちそうな静寂の中を、私たちは歩く。
私たちが歩いているのは線路の上。ううん、正確には間。人間が地球の上にいるのか中にいるのかくらい、どうでもいいことだけど、気にする人だっている。例えば、私。
初めて歩いた線路の上。少し息がつまった。まるで海の底に潜ってるみたいだ。辺り一面が海底の岩礁の間に作られた秘密基地のように思えてくる。そんな中を、私は覚束ない足取りで歩いていく。
「いやー、それにしても綺麗な星だよなーっ」
私のやや前方で、星羅が屈託のない笑顔を向ける。星羅の笑顔は、光の少ない夜でも輝いて見える。その笑顔がなんだかくすぐったくて、私はどうしても俯いてしまう。あんな笑顔……私にはできない。星空みたいな星羅。線路を歩いている私には、いつまでたっても星羅の元にはたどり着けない。
星羅はいつも豪快というか、悩んだ所をほとんど見たとこがない。多分、ここが線路の上なのかどうかも気にしてない。時々、デートに何を着ていくかとか、バレンタインにどんなチョコを作るかとかを相談しに来てたけど、いつも星羅がどんどん喋って、私がううんと考えてる間に、勝手に答えが出ていた。その後「ありがとね」と言われると、なんだか私は、とてもやりきれないのだった。
私はあまり、活発な生き物じゃない。少なくとも、ライオンとかチーターに例えられた経験はない(例えられても嬉しくないけど)。学校から帰ると、自分の部屋のベットに潜り込んでしまう、貝みたいなヤツだ。しかも食べられない。毒があるわけじゃなく、栄養状態が良くないんだ。……毒を持つには、かなり強い心を持ってないといけない気もするし。
強い私は傷つけられて、弱い私は慰められる。偽物の私は可愛がられて、本当の私は無視される。どちらの生き方を選んでも、幸せとは逆方向に進んでいるようだ。私は弱いほうを選び、いまでも逆走を続けている。
そんな私を真夜中の散歩のパートナーに選んだ星羅ちゃんのセンスは、かなり控え目に言っても残念だと思う。もし私だったら、星羅みたいにいっぱいおしゃべりして、歩くのが得意そうな女の子を選ぶ……ってそんなわけないよ。私は誰も選ばない、これはあくまでも仮定の話。
気持ちを落ち着かせようとすると、大きな溜息が出てしまう。ああ、つまらない顔してるなぁ私……と思いながら、足元にぼんやりと目を落とす。黄色くぶっといロードローラーで均したように、平坦な道が映った。この道がどこへ続くのか、私には想像もつかない。
石を踏む音がやけに大きく響き、緊張感が内側で震える。時々、遠くで踏み切りの音が訴えかけているような錯覚に陥る。この道を歩いていることへの自信がなくなっていく。ねぇ、どうすれば……私のこと見てくれる?
「ねぇ」
突然呼びかけられて、はっと顔をあげる。
「今日は星空を見に来たんだから、もう少し上のほうを見てよ。……そうそう、そんな感じ。どう、綺麗でしょ? あたし、よく来るのよね。なんかこう、普通の場所で見る星空となんか違うっていうか……。いつも見る星空ってのは、CMみたいなもんなんだよ。パッと見てパッと流れて終わり。そんなんより早く告白の結果見せろ!」
そう言い終わるやいなや、小走りに駆け出す。そして再び振り返る。
星空は本当にかわいい女の子にしか似合わない。そんな言葉が心をよぎるくらいに綺麗な笑顔で。
「でも、ここで見る星はちょっと違うんだ。映画……っていうとありきたりだな。まぁいいや考えるの苦手だし。ずっと同じ星があるだけなのに、なんだか新しいことが始まりそうな気がするんだ」
私はその言葉が、なんだかずっと探してきた言葉のように思えた。「ずっと探してきた」……なんだか素敵な気持ちだ。
「ねぇねぇ、美知花にはさ何に見える? ここから見る星、まだ誰にも見せたことないから……他の人にどう見えるか気になっててね」
私は考える。星を眺める。やっぱり、私にとっても映画みたいに見える。二人きりの映画館だ。
どこまでも星空があって、高台の民家に見守られていて……いつまでも星羅が傍にいる。今にも崩れてしまいそうな夜だったけど、それらがみんな確かだということを、少しずつ感じていた。
「この道の向こうって、何があるの?」
私は急に、この映画の終わりがどうなるのか気になった。夜の終わりが早く来そうな気がしたけど、それよりも星羅の答えが聞きたかった。私の同じ答えを思ってて欲しい。同じ……だよね?
すると星羅は「水平線だよ」と言った。
「この向こうには水平線があるんだ。星空と道が出会う場所がさ。駅なんてないよ」
「……駅がない?」
「だって、駅なんていらないじゃないか。出会った後も、ずっと続いていくんだから」
ずっと続く……それって、私たちの関係みたいに? そう思うと胸が膨らんだ。すると線路の上を平均台に見立てて歩いていた星羅が、足をつるっと滑らせてしまう。私に背中ごとつっこんできて、私は支えきれずに後ろに倒れてしまう。私の身体全体に、星羅の重みが流れていく。
まるで映画みたいだ。水平線の上で、星空と道が重なり合った。
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