【ギャグ】お題:綺麗な小説訓練 必須要素:マクガフィン
「くらえっ、オレンジシャワー!!」
相手の目に向けて皮を潰し、みかん汁を放射する。相手はそれを手で防ぎ、反撃のニンジンスプラウトを打ち込んでくる。ニンジンの穴から糸が伸び、鞭のように迫ってくる。僕は攻めを諦め、間合いを取る。あの攻撃は、どの穴から糸が伸びるかわからないため厄介だ。
次の作戦を練っていると、相手は急に両手を上げ、僕の元へ近づいてくる。降参ではない――いつものアレだ。
「はぁ――ホントにこれ、小説書くのに役に立つんかね?」
それには大いに同意だ。
この小説専門学校は、2年以上かけて小説を書くトレーニングをするところだ。
駅前には『就職率0%』という広告を出している。これは間違いではない。作家はあくまでも出版社と契約しているだけだから、就職しているわけではない。
むしろ、就職することは負けだった。
しかし、入学して3ヶ月にもなるのに、僕たちはロクにペンも握ってない。小説の講義も受けていない。とくに出欠をとっているわけではないので、出席率は5割くらいだ。一体どうなっているんだ?
そんなわけで、僕の対戦相手は授業の意義に疑問を感じ、突然戦いをやめたということだ。こんな事態は日常茶飯事だった。
「どうやって攻撃するのか考えて、発想力を身につけてるんじゃないか?」
「なんの発想だよっ。発想ってのは、目的があって初めて生まれるもんでしょ。こんなわけわかんない戦いで、一体何を発想しろってんだ」
この戦いの目的は明らかにされていない。スーツ姿の教師が、僕らを体育館に連れてくると「さぁ、バトル開始です」と言っただけだ。
一応、ステージの上にピコピコハンマーとか腐ったきゅうりとかの様々な道具が置いてあり、一人のやんちゃな男が「ひゃっほー」と叫びつつピコピコハンマーで自分の頭を叩き出して以降、モノを使って相手を倒すことが目的になった。
しかし、戦略はほぼなく、地面に散乱したモノに足を滑らせて倒れるばかりだ。豆腐の角に頭をぶつけた人間もいる。
なぜこんな学校に入ったのかと言うと、入学前の体験授業はまともだったからだ。
その授業では、小説の講義の後にワークショップがあり、受講者全員が小説を書いた。書き方はとてもシンプルだった。キャラクターの身体に『徴』をつける(例えば、頭の後ろに口があるとか)ことで、魅力的な主人公が書け、その主人公を動かすだけでストーリーになるのだ。
僕が書いたのは、首にバーコードがついている主人公が、跡を消そうとして首をこすり、益々バーコードがくっきりと見えてしまう話だ。周りの人は、主人公のバーコードが生まれつきとは知らず、自傷の跡だと思っていて、主人公を避けるようになる。
途中までしか書けなかったが、先生に「小説は初めて書いた」と言うと「初めてなのにこれだけ書けるのはすごい」と言われた。それがきっかけで入学したのだ。
親は「作文の成績が悪いのに、作家なんて無理」だとか「創立したばかりの学校だからアヤシイ」と言っていたが、僕の頭は先生の言葉で一杯だった。自分には小説の才能があると思っていた。
しかし、学校でその才能が陽を浴びたことはまだない。
まず、最初の自己紹介が問題だった。周りの人間は元文芸部がほとんどで、コミケに出品した人間が2人もした。一度も書いたことがないのは僕と、隣の席の男くらいだった。彼とは共に行動することが多く、バトルも一緒にしている。
同じ境遇の人がいるのはありがたいが、多勢に無勢であることに変わりはない。
幸いなのは、周りの人間の才能が開花することもないことだ。なんせ、小説を書く授業がないのだ。朝は8時に登校し、マラソンをする。帰ってきたら外国の映画を見る。鑑賞中に先生が「君たちの目標は何だ」と問いかけ、学生の目を覚まさせる(これは比喩ではない)。
昼休みは30分しかなく、そのまま冒頭の『モノバトル』が行われる。当校では1日2食が必須だ。しかも昼休みは必ず昼寝をしなければならない。最初はお腹が空いていたが、徐々に慣れてきた。むしろ、午後の授業をスッキリ受けられて気分がいい。もっとも、受けたところで小説が書けるかは疑問だが。
「このトレーニングは『マクガフィン』的なものかもしれんな」
「……マクガフィン?」
「たしか……話を進めるには必要だけど、他のものには置き換え可能なものってことだ。この授業はさ、小説家になる技術なんかどーでもいいんじゃない? ようはやる気出させたらそれでいいんだよ」
「……その割には生徒はやる気になってないみたいだけど」
この学校の謎は益々深まるばかりだ。
が、この学校の授業にもついに転機が訪れる。夏休み明けの授業で、ついに小説技法のレクチャーが行われることになったのだ。
課題は『モノバトル』で体験したことを生かし、小説を書くことだった。主人公と相棒のモノを決め、最後にはモノを失う話を書く。
僕は、みかんを相棒にした。「みかんだけに未完」というつもりだ。綺麗にオチがついた時、僕は小説の真理を掴んだ気がした。小説を書く技術は唯一つ、物語を終わらせる技術だということに。
授業が意味不明なのにはきちんと理由があった。オチがないと物語は意味をなさないことを知るためだったのだ。
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