【文学】お題:穢された反逆 必須要素:全力のエロス
ここは……どこだ?
善意とも悪意ともとれない緩やかな光に誘われて目を開けると、荒れ地が飛び込んできた。地面は乾ききってひび割れ、空はまどろっこしいぐらいに晴れていた。
建物は何もない。ビルも民家も。田んぼも畑も、電柱もない。ないないづくしの澪つくしだ。つくつくぼうしの影法師だ。ぱいぱいづくしのおっぱい喫茶だ。
僕は体を起こし、自分の体がきちんと自分のものであることを確認する。手のひらを広げ、腕を大きく回す。力を抜いて、肺の底に空気を流し込み、ゆっくりと吐き出す。自分の体の声に耳を傾ける。まるで、自分以外は誰も存在していないかのように。
もう一度あたりを見渡す。この数奇な状況を受け入れる余裕が少し生まれる。自分が次にすべきことがなんとなく浮かび上がる。そうだ、とりあえず歩こう。僕は、辺り一面に広がる砂の海に、一歩を踏み出した。
歩いている内に、徐々に記憶が鮮明になっていく。周りの景色が砂ぼこりで覆われるほど、記憶の中の砂嵐は勢いを落としていく。まるで何かの贖いのように。そういうことって、ある。自分を取り巻く状況が悪くなればなるほど、もう一方で何かしらの良い変化が起きてゆく。その変化がいつ起こるのかはわからなくても、心のどこかでそういった感情が作られていく。――たとえそれが、幻だったとしても。
僕は今日、えっちなメイド喫茶に来ていた。
ここのメイド喫茶は特殊で、人と話す必要がない。僕はコミュ障で、店員さんともろくに話ができないので非常にありがたい。
場所は、普通の雑居ビルの4階。恐ろしくゆっくりと上昇したエレベータを降りると、儚い黄熱灯に照らされた、黒い廊下が現れる。まるで政治的な理由で隔離されたネットカフェのようだった。廊下を進むと、いくつかの壁には「帰宅中」と書かれた札が並んでいる。その内「歓迎中」と書かれた札を見つけ、壁に手を当てると、壁は自動的に横にスライドした。中にはソファとテーブルがあった。
「おかえりなさいませ、ご主人様(は~と)」
椅子に座ると同時に、かわいい声が部屋に響く。そして、隣にメイド姿の女の子のホログラムが現れる。ここは二次元専門のメイド喫茶だ。最新の人工知能を搭載したキャラクターたちが、僕の心を癒やしてくれる。
メイド同士のえっちな絡みもある。出来の悪い新人のメイドを先輩が調教したり、ご主人様に媚を売ってるメイドをみんなでイジメたりする。そして、僕が好きなのはイジメ系だった。僕は虐められているメイドの姿を想像する。すると、僕の想像通り、メイドさん同士のイジメが始まる。ここでは想像することが全てだった。
主人公はミクちゃん。ミクちゃんは、田舎からやってきた女子小学生だ。彼女は、深夜TVの影響で、メイド喫茶の店員に憧れを持っていた。お客さんと楽しげに話し、歌とダンスを披露して、「かわいい」と言ってもらえる。そんな風に自分もなりたいと思っていた。だから、勇気を出してメイド喫茶の門を叩いた。
でも、現実はうまくいかなかった。店長さんは、田舎から来て右も左もわからないミクちゃんをとても可愛がった。それが他のメイドの反感を買った。ミクちゃんは、極端なミニスカをはかされたり、わざとジュースやクリームを服の上にこぼされたりした。それが人気に拍車をかけ、イジメはますますひどくなった。
僕はミクちゃんをなんとか助けたいと思った。注文した萌え萌えサワーを飲むのも忘れ、彼女の運命の歯車を動かしている存在を恨んでいた。僕は意識を集中させ、その存在を探す。イジメているメイド、店長、客……そしてミクちゃん。すべての人間が絡みあった歯車の奥深くに意識を潜りこませる。
本当に大事なものは目には見えない。重要なのは目の前で起こっているイベントではなく、システムだ。システムを理解すれば、水はあるべき流れへと傾き、物事はあるべき姿に戻る。このお店ではいつもそうだった。
だが、今回は違った。何か致命的がずれがあったのか、僕の意識はそのまま水に飲み込まれてしまった。
水からあがり、必死にもがいて酸素を求める。しかし、空気のあるスペースはわずかしかない。なりふり構わず呼吸をすると、焼けるような痛みが肺を襲った。ここには逃げる場所はない。運命に抗おうとすると、別の運命が形を変えてやってくる。僕は、いつのまにか力つきて、意識を失っていた。
――そして目が覚め、僕は冒頭の状況に至った。
『運命というのは、絶え間なく進行方向を変える局所的な嵐に似ている。君が進行方向を変えると、嵐は君と同じ用に動く。なぜなら、そいつは君と無関係な何かじゃないからだ』
何かの一節をふと思い出す。そうだ、この砂漠は僕自身なのだ。僕自身が作り出したものだ。『君は想像の世界で起こったことに責任を負うだろう。なぜならそれは、君の中の暗い通路を通って忍び込んできたものだからだ』ミクちゃんがあんな目にあったのは、僕の想像のせいかもしれないのだ。
僕は想像する。景色が変わる。
砂漠はあっという間に消え去り、喫茶店が唐突に現れる。まるでyoutubeの広告のようだ。僕はその尻尾を見失わないように意識を集中させる。
テーブルの上にはカルーアミルクが乗っている。ミクちゃんはそれを飲み、意識を失ってソファに倒れる。メイドさんがやってきて、ミクちゃんのミニスカートをほんの少したくし上げ、顕になった下着を撫でる。欲情も勃起も知らない小さな器官に、指先がゆっくりと潜り込んで行く。
――違う、これは僕の想像じゃない。僕はこんなにひどいことは想像しない。これは他のメイドが勝手にやっているだけだ。
メイドはミクちゃんの下着を取り去り、僕の顔にかける。目の前が真っ白になる。密になった体臭の奥にあるかすかな甘酸っぱい香りが、僕の唾液腺を刺激する。やれやれ、なんで女の子のパンツで唾液が出てくるんだ。これまでの人生を振り返っても、パンツで唾液が出てきた経験はなかった。けど、唾液は意思に反してどんどん溢れ、ついには口の端から垂れていった。
僕は状況を逆転させようと、ミクちゃんの反逆を想像する。ミクちゃんは箒を手に取り、手当り次第にメイド達を殴打する。メイド達の悲鳴やグラスの割れる音が空気をつんざく。けど、それは現実にはならなかった。目の前では相変わらずミクちゃんの陵辱が行われて、僕の視界はパンツで覆われていた。
どうしてこうなってしまうのだろう。ここでは人工知能が僕の想像を具現化してくれるはずだ。なのに、想像とは別のことが起こっている。……いや、落ち着け。僕は混乱する頭をなだめるため、別のメイドさんを想像する。彼女は僕の心の内を実況してくれる。「あなたは本当の想像とは何であるかを考えている」そうだ。「けど、今考えてもあまり実在的な解答は得られないと思っている。だから別の簡便な策を考えている」なるほど。
たとえば学校や会社が急に休みになっても、時間を無為に過ごす人もいる。全てが思い通りになる空間があったとしても、思い通りに動けない人もいる。それが想像だ。
僕は想像における基本に立ち返る。思い通りの想像をするには、余計なものを排除する。僕はポケットの中にあった財布やスマホなどを綺麗さっぱり出してカバンにしまい、部屋の隅に置く。そして60分のチャージ料金だけを机に置く。これで僕は60分間、想像から逃れることはできなくなる。
僕は再び目を閉じる。そこではキチンとしたメイド喫茶があった。ミクちゃんは他のメイドさんに涙ながらに嫉妬心をぶつけられて、二人は仲直りする。心の内をぶつけ合うことを想像することは勇気がいる。けれど、その先に味わう感覚は何物にも代えがたいものだ。
時間を告げるベルがなり、僕は「いってらっしゃいませ」の声と共に退席する。僕は確かに想像を完結した。同時に、想像することの難しさを実感した。
もしあのまま間違えたままなら、ミクちゃんはどうなっていただろう。世界にはそんな風にして、想像の世界に取り残された人達がたくさんいる。彼女たちは無音の叫び声を上げている。僕はその声から目をそらしてはいけないのだ。
僕はその決意を胸にしまいこみ、深呼吸をする。外の空気は乾いていて、想像で干上がった頭には心地よかった。
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