【ケータイ小説】お題:暗黒のテロリスト 必須要素:Twitter
「ねぇ、つぎ、優夢の番だよっ」
ふとクラスメイトに肩をゆすられ、私は目を覚ます。今まで頭に浮かんでたことが、まるで星の光のように消えていく。かわりに、とけそこなった粘土みたいな疲労感が、ずっしりと重たい。
「ご、ごめんね。ちょっと考え事してて」
そうやって言い訳しつつ、マイクを受け取る。でも、それが言い訳になっていないことを、私はひしひしと感じる。だって、ぼーっとしてる時に同じことを言って、話しかけてもらえなくなったからこれまでにもあったし。
スピーカーから流れるのは、マイナーなバンドの歌。バラードとも応援ソングともアニメソングとも似つかない歌。私はただ、流行りの歌を歌うと、他の子の十八番をとっちゃうかもしれないってだけなのに……。なんだか白けた感じになってしまう。まるで、スピーカーから催眠電波でも流れてるみたい……それでみんな眠るのかも、「すぴー、かー」って……。
そんな風な雰囲気に包まれていると、カラオケに来ていることがはっきりと自覚される。私にとって、歌をうたうとはそういうことでしかなかった。
私は、自分の性格があんまり好きじゃなかった。引っ込み思案だと友達ができにくいし、なにより、作りたいと思えないから。作りたいのに作れないのなら誰かに理解されるかもしれないけど、私は無理。「猫好きで猫アレルギー」は同情されても、「猫嫌いで猫アレルギーじゃない」のは同情されない。好きになりたくてもなれないもどかしさと、嫌いなものに好かれるはしんどさは、私にしかわからない。私はいつの間にか、友達の輪の境界線上に立っていた。
それに、優夢という言いにくい名前も好きじゃなかった。しかも、親は私のことを「ユウ」と呼ぶ。だったら最初から「優」ってつければいいのに。大人ってのは勝手だ。
「ちょっと、このTwitter見てよ」
クラスメイトの一人がスマホを手に声を上げる。周りのみんなもそれに寄っていくので、私もはみ出ないように真似をする。
「『明日、みなさんが目覚めた時、世界はガラリと変わっているでしょう。悔いの無いよう、今日を生きてください』だって!」
「なにそれ意味分かんない」
「HNが『暗黒のテロリスト』ってのが痛いね」
すると、スマホを持ってた子が、私の方に目を向けた。とっさのことだったので(周りにとっては普通かもしれないけど)、私は驚いて体を震わせてしまう。
「ねぇねぇ、優夢はどう思う? こういうの詳しいんじゃない?」
私はよくわからなくなって「えぇと……気持ち悪いと思う」と、適当な返事をする。ああ、早くカラオケなんて終わってしまえばいいのに。店員さんはまだ電話をならさないのかな? まるで地球をひっくり返したみたいに夜は続く。
カラオケが終わると、プリクラに行くのを断って家に帰る。そして、自分の部屋に入り、ベットにうつ伏せになる。
明日はどうしようか。きっとまた一人ぼっちだ。ならば、一人ぼっちとしてのあり方を考えてみよう。椅子がきちんとしまってあるテーブルと飛び出してるテーブルでは、寂しさが全然違うはずだ。
――明日はどうなるだろうか。
「やあ、こんばんは」
唐突に呼ばれて目を覚ます。ここはどこだろう。見渡すと辺りには机、前には黒板がある。どうやら学校のようだ。私は授業を受けるみたいにして座っている。
黒板の前には何やら人のようなものがいる。黒いフードに、大きな鎌。まるで死神のコスプレみたいな格好だった。私はその容貌に見覚えがあった。
カラオケで微睡んでるときに見たアイツだ。みんなの歌が退屈で、ちょっとうとうとしてた時に浮かんできたのを覚えている。
「雪がなぜ積もると思う? 落ちてすぐ消えるのに。それは、ちゃんと掃除してる人がいるからだ。それが僕、暗黒のテロリストさ。僕はこの世界を終わらせてしまいたいと思っているんだけど、君もそうなんだよね。隠さなくていいよ。君の夢は全部見させてもらったから」
テロリストを名乗る男の声は案外可愛い感じで意外だった。けど、内容はとんでもない。テロリストだから世界を終わらせたいのは当然だけど、私も? そんなばかな。
そんなことを思ってないと反論したいけど、声が出なかった。勇気がなかった。反対するのが怖い。もし世界の終わりを望んだら私一人のわがままでみんな終わってしまう。けど、私が反対意見を言うと、みんなの日常が壊れていきそうで怖い。
「そんなに苦しむくらいなら、一緒に終わらせようよ」
迷って怯えていた私の目の前で、テロリストは鎌を振り下ろした。刺さった地面が大きくひび割れて、何もかもが割れ目に吸い込まれていく。私はその中へ否応なしに引きずりこまれていった。
次の日の朝は何事もなくやってきた。私はいつも通りの時間に自分のベッドで目が覚めた。あのテロリストは夢だったのだろうか。けど、学校へ行く準備をしながらなんとなく思う。世界が終わるのも悪くないかもしれない。
学校ではいつも通りの授業。……と思っていたが、ケータイに着信が入る。不規則なリズムの振動は、嫌な予感をくっきりと浮かび上がらせた。
「世界を終わらせよう。君がリツイートを押せば発動する」暗黒のテロリストのツイートだった。すると昨日のは夢じゃなかったのか。
……どう見ても冗談なのに、私は画面の前で固まってしまう。Twitterなんて所詮、便所の落書きみたいなものなのに。なぜかわからないけれど、私はこのツイートに大きな力を感じていた。何かを大きく変えて、二度と元に戻せなくするほどの力を。
しかしよく見ると、既に1万もリツイートがある。私は少し安心する。これだけリツイートされてれば、私が1つ増やしたところで変わらないだろう。私は軽く押した。
押した途端、地面が急に揺れ、大きな音と叫び声が入り交じる。蛍光灯が割れ、ロッカーやら机やらが次々と倒れていく。私は訳もわからぬまま机の下へ隠れ、肩で耳を塞ぎながら机の足を握りしめる。私の目論見は大違いだった。ほんとうに私が世界を終わらせてしまったのだろうか。
揺れが収まり、校内放送の指示でグラウンドへ向かう。割れたガラス窓から見えた街は、本当に終わりのような光景になっていた。私はその光景を見ないように足元を見ながら歩き続ける。
地震が収まってからも、ざわめきは止まらなかった。昨日一緒にカラオケいった子たちはどこに行ったんだろう。辺りを見回しても、それらしき人はいない。すると、前にいた子が私の様子で気づいたのか、あの子たちのことを教えてくれた。
「ひょっとしてあいつらのこと? 怪我したから別のとこで見てもらってるって。けっこーひどいらしいよ」
思いもしない言葉を聞いて驚いたのと同時に、スマホが震えた。暗黒のテロリストからDMが来ている。「おめでとう、これが君の望んだ世界だ」と。心臓に急激な痛みを感じる。やはり私のせいなのか。私がうっかりボタンを押したばかりに、世界は終わり、友達を傷つけたのだろうか。
「もとに戻せないの?」
「どうして戻すの? このままの方が君にとってもいいはずだよ」
「どうしてこんなことするの?」
「それは君が一番良く知ってるはずだよ」
テロリストはこんなひどいことをしておきながら、はぐらかそうとしてくる。私の中の不安が怒りに変わった。
「あんた、おかしいよ。こんなに大勢の人に迷惑かけて、自分は影でコソコソして」
「そんなにおかしいかな、影に隠れて他人に迷惑をかけることって。君も一緒でしょ。クラスメイトに本音を隠して、迷惑をかけてる」
私も同じ? 違う。私はこんなことしてない。
「ここは君が望んだ世界だ」
望んでなんかいないはずだ。私はみんなが仲良くいられる世界を夢見ていた。お前の言うことは間違っている。
「正体を見せなさい」
「君が見せたら僕も見せてあげる」
「私は隠してなんかない」
「隠してるさ。君は引っ込み思案なんかじゃなく、ただ単に特技がないってことをね。君が友達と話したがらないのは、性格じゃなくて能力の問題だ」
違う。……けど、私は次の言葉を思いつけなかった。あのテロリストの言っていることは本当なのだ。学校で話したがらないのは勉強も部活も下手だから、カラオケを嫌いなのは歌が下手だから、写真が嫌いなのは化粧が下手だから。
わかってる。そんなことはどうしようもなくわかってた。けどどうしようもなくて、性格のせいにしていた。性格のせいにするのはとても気持ち良かった。そうやって自分を傷つけている間だけは、自分以外の何かになれたように感じた。
「けど……」
ならどうすればいいのだろう。何もない人は、友達とどう振る舞えばいいのか。私はどうすることもできず、ただ立ち尽す。
「君が劣等感を感じるものはすべて破壊した。ここが君の望んだ世界なんだ。君のために用意したんだ」
この世界が元に戻っても、私の劣等感はそのままだ。だったら、このまま世界が終わったままでもいいのかもしれない。辺りの建物は潰れて、皆不安と恐怖に押し潰されている。かわいそうだけど、こうしてる間は本当の不安を忘れられて良いではないかと思ってみたりする。
ふと思い出した。カラオケの時、私が場の流れで適当なことを言って、皆が笑ったことがあった。その時は結構楽しかった。自分が歌が下手なのを忘れるくらいに。そういう感情は嘘じゃなかった。
立ち尽くしていた足が少し動くようになった。私はその足をゆっくりと運ぶ。昨日一緒に遊んだ子たちのところへ。「行ったところで何を話せばいいのか」と思うと、また動けなくなるかもしれない。とにかく何も考えずに行こうと思った。スマホが震えるのも無視した。私はテロリストの思い通りになる気はない。
やがて、グラウンドの隅であの子たちを見つける。赤く染まった服や、周りの先生たちの様子がただごとでないことを知らせている。こんな事件を起こした私を憎んでいないだろうかと、また不安になる。いいや、これは私がやったことじゃない。だから気にする必要なんてない。
「あ、優夢、大丈夫だった?」
「え……う、うん」
何を言うか考える前に、相手の方から話しかけてくる。ボロボロで、他人の心配なんかしてる場合じゃないだろうに。「怪我、ひどいね」と聞くと「まあ、大丈夫」と答えてくれるけど、とてもそうは見えなかった。
「――昨日、無理に誘ってごめんね。優夢、本当はカラオケ好きじゃなかったんでしょ」
「え……そ、そんなことは」
そんなことはなかった。寧ろ今は戻りたいと切望してるほどだ。こんな場所に比べれば、その方がいい。「そんなことない。私、カラオケ好きだし、あの時の方が楽しかった」そんな言葉が思わず口に出た。口に出すとすごく肩の荷が下りて、目の前が真っ白になった。
「ねぇ、つぎ、優夢の番だよっ」
クラスメイトに肩を揺すられ、目を覚ます。今まで浮かんでいたものがふっと消える。
気がついたら、私は昨日のカラオケ店にいた。メンバーもあの時と同じ。不思議に思って日付を見ると、確かにあの日だった。あれは夢だったのだろうか。
下手な歌を歌い終わる。けど、みんなの顔を見てると、特に嫌そうな顔ではなかった。私は少し安心して座る。以前ならここで暗黒のテロリストの話が出てきて、自分の歌よりテロリストに興味が行ったことに安心していた。
今回はテロリストの話は出てこなかった。もしかしたら、私が求めなくなったせいかもしれない。以前の私は多分、心のどこかで世界の破滅のようなものを願っていたから。
もう私は以前とは違う。相変わらず歌は下手だし、特技もこれといってないけど、何かが変わる気がする。
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