【ショートショート】お題:裏切りの不動産 必須要素:セリフ無し

 僕は高校に入ると同時に、一人暮らしを始めた。自宅から2時間かかる進学校に入ったのだが、電車通学では遅刻してしまうという両親の判断によってだ。僕は家族と離れることを特に意識しなかったし(毎日のように電話がかかってくるのだから、自分の部屋に籠ってるのと大差ない)、家族もあまり意識しなかった。僕は何のためらいもなく引越し手続きをした。引越し先に必要なものも、特に拘らず、適当に決めた。


 というのも、僕は中学時代の親友と一緒に通うからだ。彼の引越し先は、僕の家とほどほどの距離にあったので、彼は良く遊びにきていた。大抵、彼の借りてきたDVDを見ながら、くだらない話をした。彼はDVDを見ながら僕の話を聞くことができたが、僕は片方しか相手にすることができなかった。それでしょちゅう彼に「今なんて言ったの?」と聞いていた。彼はそんな僕に対して、いささか面倒そうにしながらも、丁寧に答えてくれた。


「なぁ、不動産屋との契約ってどうだった? あれ、変な言葉ばかりで意味わかんなかっただろ?」

「そうだね。僕、無駄にお金を払わされた気がするよ」


 不動産屋との契約には、不審な点が多かった。家賃の他にもよくわからない代金をとられ、一方ではインターネットが特別に無料になった。総合的に見ればどちらともとれない金額の間で、僕の精神は揺さぶられたままだった。僕がそのことを話すと、彼は言った。


「でも、なかなかにいい部屋じゃないか?」

「そりゃ、悪い部屋なんてめったにないからね」


 駅まで徒歩20分かかることを除けば、ここはまぁまぁの部屋だ。日当たりもいいし、1kで7畳もある。必要最小限のものしかそろえられないのは欠点ともいえるが、僕はあまり過剰な物欲がないので問題にならなかった。


「じゃあさ、今度は泊りに来てもいいか? それとも夜騒ぐと迷惑?」

「いいよ。大家さんが『夜間はセリフ無し』って言うけど、気にしなくて大丈夫」

「セリフ無しってことは、騒ぐのダメなんだろ。それって、信用を裏切ることにならないか?」

「大丈夫だよ。家賃の他に裏切り料も払ってるはずさ」

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