第29話 反乱

 クリスの目の前には、今にも戦争を始めそうな近衛第3師団出身の数百人が異様な空気を放っていた。

 街の人々は何事かと遠目に見守る。

 そして正午の鐘が鳴り響く。

 それを合図に、先頭にいた乗馬している兵士――近衛第2師団長のカスベルが声をあげる。


「我ら軍士革命軍、宮殿および官邸にはびこる悪しき風習を断ち切るため、今ここに武力を以って革命とする!」


 そういってカスベルは右手をまっすぐあげると、そのまま振り下ろした。

 直後、近衛第3師団の砲兵中隊の所有する臼砲が火を噴く。

 臼砲から発射された弾は、宮殿を囲む外壁に命中するか、それを超えていった。

 それを確認したカスベルは、続けて命令する。


「近衛歩兵第4連隊、進めー!」


 そういって、マスケット銃を装備した歩兵が、戦列歩兵よろしく列をなして宮殿へ侵入しようとしていた。

 クリスは思わず歩兵の前に出る。

 それを見たカスベルは歩兵の歩みを止めさせた。


「おぉ、これはこれはホーネット少佐ではないか」

「ジャック師団長。これは一体何の騒ぎなんです?」

「おや、ホーネット少佐には手紙を出したと思ったのだが、届かなかったかね?」

「いえ、手紙はちゃんと届いてました」

「なら、私の言いたいことは分かるはずだ」


 そういってカスベルは馬から降り、クリスのほうへゆっくり歩み寄っていく。


「我々軍人は現在、歴史上最もぞんざいな扱いを受けている。世の中は冒険者で溢れ、国王陛下や議会はそれで良しとしている風潮がある。それを許していいものか」


 カスベルは曇りなき眼でクリスに説く。


「国を守り、国を導くのが軍人の役目だ。冒険者の仕事ではない」


 クリスのところまであと数mといったところで、クリスはヒップホルスターからトーラス・レイジングブルを取り出し、カスベルに向ける。

 カスベルは歩みを止め、首をかしげた。


「……ホーネット少佐、これはどういうことだね?」

「ジャック師団長、貴方は今からクーデターを起こそうとしている。それは国王陛下が望まれていないシナリオだ」

「何をいう。それは国王陛下が我々を望まない姿に変えたからであろう。我々は軍人を本来あるべき姿に戻すために行動を起こしているに過ぎない」


 カスベルの主張は一向に変わらない。

 それどころか、むしろ自分たちが正しいという妄想により強く囚われていく。


(これ以上の交渉は難しそうだ)


 クリスは冷静な頭でそう考える。

 これは素早く排除するべきと考えた。


「ジャック師団長。自分は国王陛下をお守りするためにいます。クーデターに手を貸すことは出来ません」


 そういうと、カスベルは小さく肩を落とした。


「そうか。非常に残念だ」


 そういってカスベルは馬のもとに戻り、乗馬する。


「ジャック師団長、ここにいる兵士をすぐに原隊へ戻してください」


 クリスはトーラス・レイジングブルを向けたまま、カスベルに催促する。


「……ホーネット少佐よ。ここにいる下士官達を返したところでどうなる?」

「今なら未遂で済みますし、刑も軽く収まるはずです」

「本当にそう思うかね?」

「……どういうことです?」

「我々の目標は宮殿だけか?」


 クリスはさっきまでの会話を思い出す。

 カスベルは誰を許さないと言ったのか。


「国王陛下と……議会……?」

「そうだ。我々は国王陛下のほかに現内閣を転覆させる計画を立てている。今頃首相官邸や大臣私邸は大変なことになっていることだろうな」


 カスベルは笑う。

 実際、首相官邸や他の大臣私邸には近衛第3師団から派兵された近衛歩兵第6連隊が数百人規模で分断し、それぞれ向かっていた。

 首相官邸では、近衛歩兵第1大隊が周辺を取り囲んでいた。


「目標はただ一つ!首相の命のみ!」


 大隊長が下士官に向かって叫ぶ。

 そして首相官邸に突撃する。


「動くな!これはクーデターだ!」


 大隊長は叫びながら官邸内にいた人間に銃を突きつける。

 第1大隊は奥へと進みながら首相の姿を探す。


「首相を逃がすな!くまなく探せ!」


 そんな中、官邸内を警備していた憲兵が飛んでくる。


「そこまでだ!貴様らを反乱分子として逮捕する!」


 憲兵は携帯していたマスケット銃を大隊長に向け、発砲する。

 だが、弾丸は大隊長に当たらず、後ろにいた下士官に命中した。

 そのまま憲兵は腰に帯びていた剣を抜き、大隊長を押さえ込みにかかる。

 しかし、そこは現役の兵士。

 大隊長はただではやられるわけもなく、剣を抜いて憲兵とやりあう。

 しばらく膠着状態が続くものの、数と勢いのある第1大隊が優勢になり、最終的に第1大隊が押し切った形になった。

 そのまま第1大隊は奥へ進み、逃げようとしていた首相を見つける。


「いたぞ!追え!」


 下士官たちは、首相と護衛の執事たちを捕獲した。

 執事たちはその場で斬殺される。

 その様子を見た首相は腰を抜かしたようで、地面を這うように逃げる。


「おや、首相閣下。どこへ行かれるのです?」

「た、頼む。なんでも言うことを聞く。だから命だけは助けてくれ……」

「なんでも言うことを聞いてくれるんですね?」


 大隊長はにっこりと笑うと、剣を振り上げる。


「ではここで死んでください」


 振り下ろされた剣は首相の胸に一直線に刺さる。

 首相は苦悶の表情をしたあと、静かに倒れた。


「首相は今討ち取った!我々の勝利である!」


 首相官邸からは歓喜の声が上がる。

 このようにして、それぞれの関係する大臣私邸で暗殺が同時に行われた。

 そんな、現在行われているであろう計画を、カスベルはクリスに話す。


「本来ならホーネット少佐もこちら側に来てほしかったのだか、実に残念だ」

「残念も何もないでしょう」


 そんなクリスのもとに、ザックが馬に乗ってやってくる。


「ホーネット少佐!」

「ウォード中尉」

「国王陛下からの命令です。『反乱軍を鎮圧せよ。宮殿に入れるな』とのことです」

「了解」


 その言葉にクリスは躊躇しなかった。

 クリスはトーラス・レイジングブルでカスベルのことを撃つ。

 撃った3発のうち、2発は馬に、1発はカスベルの左腹部に命中する。

 カスベルは撃たれた衝撃で落馬した。

 しかし、その時に何か合図したようで、待機していた近衛歩兵第4連隊は駆け足で前進を始めた。

 クリスは素早くSUS-8を高次元空間小型格納コンテナから取り出し、近衛歩兵第4連隊と対峙する。

 クリスは拳を振るい、近衛歩兵第4連隊の侵攻を阻止しながら、ザックに指示をする。


「SUS-8小隊は城門で防衛!機関銃隊は宮殿の出入口全てを封鎖し防衛!歩兵のエレナ隊は国王陛下の護衛、ペトラ隊とティナ隊は遊撃隊として反乱軍の鎮圧に向かえ!」

「ホーネット少佐は?」

「ここは俺一人で任せろ。何とかしてみせる」


 これを聞いたザックは、手綱を引いて宮殿のほうへ向かっていく。

 クリスは改めて近衛歩兵第4連隊に向き合う。

 これからクーデターの鎮圧を始めるのだ。

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