第16話 準備
ティナを保護して数日。
この間にも、ティナの亡命の手続きは行われていた。
そのためにも証拠の一環として、オードー帝国での防諜活動が進んでいる。
「すでに帝都に潜入していた防諜員からの報告が入った」
「どうでした?」
「現在、帝都には蜂起に関係した情報は入ってきていない。実に平和的だそうだ」
「おかしいですね。領土一つ分を制圧できる武装集団が貴族を処刑したともなれば、それなりに大騒ぎしてもいいと思いますけど」
「あぁ。だが、一方で怪しい情報もある。オードー帝国南部で交通規制がかけられているという話だ」
「南部っていうと……」
「蜂起があった地域だ」
「これは何か裏がありそうですね」
この交通規制には、蜂起と何か関係があるかもしれない。
二人はそう睨んだ。
しかし、現状これ以上のことは分からないため、さらなる続報が待たれる。
その間、クリスは再び工廠にこもりっきりの生活になる。
「ホーネット主任、これはどうでしょう?」
どうやらジェーンは、紙製薬莢をそのまま装填できるような仕組みを思いついたようで、その図面をクリスに見せた。
「どうと言われても、自分は専門ではないですし、そこはお任せしますよ」
クリスがこう言ったものの、何もしないというのはなんだかもったいない。
そこで、クリスは参考資料のようなものを召喚しようと考えた。
クリスはスキルを発動し、何か資料となるものがないか探す。
すると、一覧の中に銃について書かれているものがいくつか見つかった。
クリスは早速召喚してみる。
それは異国の文字で書かれたようなものだった。
クリスは翻訳できる眼鏡のようなものを召喚する。
それをかけて見てみると、そこには「図解 銃の基本と全て」と書かれたミュンヒハウゼン出版の本だった。
クリスはそれを研究員の二人に渡してみる。
「これは……。あらゆる銃の詳細が書かれている……!」
「これは参考にできそうですね。さすがは主任です」
「いえいえ、自分にはこれぐらいしかできませんから」
そのような感じで研究は進んでいく。
そんな中、クリスはパトリックの執務室に呼び出された。
「何でしょう、フェンネル卿」
「うむ、実は王国内で不穏な動きがあるとの情報が回ってきてな、それをクリスに偵察してきてもらいたい」
「偵察、ですか?」
「あぁ、今回の目標は判明している。反社会的武装勢力の遊牧民族解放戦線だ」
「解放戦線……」
クリスはこれに聞き覚えがあった。冒険者学校時代で習ったことだ。
かつてエルメラント王国とその周辺では遊牧民が生活していた。
そんな遊牧民が王国内に定住するようになるが、そのうち王国に不満を持つ者たちで武装集団を結成するようになる。
それが遊牧民族解放戦線だ。
現在、その勢力は一千とも一万とも言われている。
「情報によると、遊牧民族解放戦線はフェンネルに接近しつつあるとのことだ。もしこのままフェンネルに近づいてくるようであるならば、我々もその時は決意しなければならないだろう」
「そのために偵察ですか?」
「うむ。冒険者としての腕も見せてもらおうぞ」
「分かりました。最大限努力します」
「頼んだぞ」
その時、執務室の扉が勢いよく開く。
「話は聞かせてもらいましたわ!私も連れて行ってください!」
そこにいたのはペトラだった。
「ペトラよ、わざわざ行く必要はないのだぞ?」
「いいえ、我が領土が侵略の危機に晒されているのなら、それを確認するのも次期当主の勤め。何としてもクリスについていきますわ」
「はぁ……」
パトリックは頭に手をやる。
おそらく、どうしたものかと考えているのだろう。
「……仕方あるまい。クリスよ、我が娘を頼む」
「いいんですか?護衛もつけなくて」
「護衛は偵察の邪魔になるだろう。それにクリスのことを信用しているからな」
パトリックはそう答える。
「それに、我が軍で使えるものは持っていって構わない。道具も人員もだ」
「分かりました。準備が整い次第、偵察に向かいます」
「うむ、詳しい話は伯領警備隊司令官に聞くがいい」
早速クリスは伯領警備隊の司令官に会いに行った。
「ようこそ主任。卿からは話を聞いています」
そういって司令官は地図を出す。
「現在、目標はここから西に30kmほどの位置を移動しているとの情報があります。主任にはここの偵察をお願いしたい」
「分かりました。すぐに準備を整えます」
クリスはエレナにも話をし、一緒についてくるように頼んだ。
もちろん、エレナは二つ返事で回答してくれた。
その後、クリスは自室でスキルで何かいいものがないか探す。
相手は馬に乗って移動する遊牧民だ。
生身の人間が速力で勝てる訳がない。
そこでクリスは移動を中心とする道具を探す。
「ん?これは?」
クリスは一つの道具が目に着く。
早速クリスはそれを召喚してみる。
すると、クリスの身長より若干大きな車体に、縦に並んだ車輪が特徴的な車両が現れた。
陸上自衛隊で採用されている偵察用オートバイ RLX250Cである。
クリスがオートバイに触れてみると、その使い方が頭の中に流れ込んできた。
「……うん、これは使えそうだ」
クリスは偵察用オートバイを押して、移動用の馬車に乗せる。
そんな中、一人の少女がそれを眺めていた。
「……何してるの、ティナ?」
「ふにゃ!」
その少女の正体はティナである。
「い、いやー、大変そうだから手伝ってあげようかなーって」
「別に大変じゃないし」
「それにほら!私、狼獣人だから鼻は効くよ?」
「そういうわけじゃないと思うんだけど」
「あうぅ……」
ティナはしょんぼりとした。
それに連動するように、獣耳としっぽが垂れ下がる。
クリスは一つ溜息をついた。
「……一緒に行きたいの?」
その言葉を聞いたティナの耳がピンと立ち、しっぽはブンブンと揺れる。
「分かったよ。ただし邪魔はしないこと、いいね?」
「うん!」
こうして一日を費やして、準備を整えた。
使用する馬車には、偵察用オートバイ、数日間の食料を積んでいる。
そして偵察に参加するメンバーは、クリス、エレナ、ペトラ、ティナの4人だ。
ペトラが御者となり、フェンネルを出発する。
こうして一行は、一路遊牧民族解放戦線のいると思われる場所へと向かった。
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