第15話 亡命

 それから数日は、クリスは工廠にこもりっぱなしの生活だった。

 フェンネルが持ち合わせている技術の限界ギリギリの銃を作るためである。

 そのおかげか、マイナーチェンジとしては成功と言ってもいい。


「いやー、助かりました」

「いえいえ、私は助言しかしていませんし」

「それでも確実に進歩したのは間違いないですから」


 そういってジェーンはクリスの手を取って握手する。


「エリック局長もホーネット主任の話を聞けば良かったのに……」

「仕方ないよ。局長、あぁ見えて結構頑固だからな」


 二人は愚痴をこぼす。

 それも仕方ないのだろう。意外とこういう人が優秀な技術者になったりするのが世の中なのだから。


「しかし、主任。そろそろ休暇を貰ったほうがいいのではないですか?」

「休暇ですか?しかし着任したばかりの自分に休暇なんて……。それに休まないのは冒険者として慣れてますし」

「いえ、よりよい開発をするならば、適度な休息を取るのも方法の一つです」

「そんなものですかね……」

「そんなものです」


 クリスは半ば強制的に街に放り出された。

 そこにはなぜかエレナも一緒にいる。


「なんでエレナがいるんだ?」

「研究員の人に、クリスがちゃんと休んでいるか監視してほしいって頼まれたから」

「はぁ……。まぁいいや」

「……ふふっ」


 クリスは頭を抱えたが、エレナはなんだか嬉しそうである。

 クリスは仕方なく、街をブラブラすることにした。

 地方都市フェンネルは交通の要所であるが故に、様々な地方の特産品や文化が流入してくる。

 それはまさに文化の坩堝といった所か。

 そんなフェンネルの台所と呼ばれる商店街を、クリスとエレナは歩いていた。


「しかし、ここに来ても何もすることないな」


 クリスは商店街を眺めながら進んでいく。


「……」

「ん?どうしたエレナ?」


 エレナがふと立ち止まる。クリスがそれに気づく。

 エレナの視線の先には、屋台のクレープのようなものがあった。


「……あれ、食べたいのか?」


 エレナはコクリとうなずく。

 クリスは少し考えたあと、ポケットから銅貨を取り出す。


「おっちゃん、これ二つ」

「あいよ、銅貨4枚ね」


 クリスは銅貨を渡し、クレープ二つを受け取る。


「ほら」

「ん……。ありがと」


 エレナはそれを受け取ると、なんだかうれしそうに食べる。

 そんな感じでクリスとエレナは商店街を練り歩く。

 そんな時、クリスの肩に誰かがぶつかる。


「きゃっ!」

「おっと……」


 ぶつかってきた方は大き目のローブを着た少女のようで、簡単に尻もちをついてしまう。


「あっ、大丈夫か?」


 クリスは手を差し伸べる。


「い、いえ!大丈夫です!」

「でも、ローブに汚れついちゃってるし……」


 どうやら、ぶつかった衝撃でクレープがローブに当たってしまったようだ。

 その証拠に、黒いローブに白いホイップがついている。


「これくらいなら普通に落とせますのでっ」

「でもそれだけじゃ俺が悪いし……」

「大丈夫です!大丈夫ですからっ」


 少女はクリスから離れようと必死である。

 その時、一陣の風が吹く。

 すると、少女が深くかぶっていたフードを巻き上げる。

 そこには、人間には存在しない獣の耳が存在していた。

 その姿を、クリスは知っていた。


「獣人……?」

「あうぅ……」


 少女は力なく、その場にへたり込む。

 そんな少女に、クリスは聞きこんだ。


「獣人と言えば、隣の隣の国であるオードー帝国の住人だよな?なんでこんな所に?」


 クリスの知識によれば、多種族国家として大国の一端を担うオードー帝国が存在する。

 現在クリスたちがいるエルメラント王国とは長い間対立していたが、近年は友好的な関係を保っている。

 そんなオードー帝国には少女のように獣人と呼ばれる種族がいる。

 だが、獣人は基本的にオードー帝国から出るようなことはしない。

 出ているほうが非常に珍しいのだ。

 その証拠に、少女のことを見た通りすがりの人々は、物珍しい目線で彼女のことを見ていた。


「とにかく、ここを離れよう」


 そういってクリスは少女にフードをかぶせ、その場から移動する。

 そのままフェンネル邸へと隔離した。


「こ、ここってフェンネル辺境伯がいるところですよね!?」

「まぁ、俺たち関係者だし」


 クリスは自分たちが寝食している部屋に入れた。

 少女をベッドに座らせると、クリスは本題に入る。


「まぁ、まずは名前でも聞こうか」

「はぃ。ティナ・アルデンテです」

「えーと、ティナ。これから質問する内容には嘘と付かないことね。もし嘘をついていることが分かったら、その時は憲兵に突き出すからね」

「ひぃ!」


 クリスがこう脅したのは、冒険者学校で学んだからだ。

 冒険者が担う役割には、準警察組織としての側面もある。

 即ち、怪しいと思ったものには介入できるし、一時的な拘束も可能なのだ。


「それで、ティナはどうしてここにいたの?」

「えぇと、それは……」


 ティナは言葉に詰まる。


「……エレナ、憲兵呼ぶ準備を」

「分かった」

「あああ!言います!言いますから!」


 ティナは一瞬言葉を詰まらせる。


「わ、私……、エルメラント王国に亡命を希望します!」

「……は?」


 突然の亡命宣言。

 クリスの頭は一瞬考えるのをやめた。


「えっと、亡命?」

「はい。私、オードー帝国から逃げてきたんです……」


 その言葉に、クリスは頭を抱えた。


「えっと、何やらかしたの?」

「やらかしてないです!ただちょっと……」

「ちょっと?」

「これにはいろいろ事情があるといいますか……」

「まぁ、ゆっくり話してごらんよ」


 ティナの話をまとめるとこうである。

 ティナはもともとオードー帝国にある貴族の分家の出身だという。

 そんなある日、本家貴族の領土内で大規模な蜂起が発生。

 その勢力はよく分かっておらず、本家分家問わず処刑をするという暴挙に出た。

 もちろんティナも例外ではなく、命からがら逃げてきたという。


「でも、なんでエルメラント王国まで逃げてきたの?隣に大公国があるじゃん」


 そう、エルメラント王国とオードー帝国の間にはモルドー大公国という国が存在する。

 もし亡命希望なら、モルドー大公国に行けば良かった話だ。


「それが、モルドー大公国では誰も取り繕ってくれなくて、ここまで逃げてきたんです」

「なるほどね」


 なんの理由があってか、モルドー大公国では亡命できず、結果としてエルメラント王国に亡命してきたことになったティナ。


「でも、幸運だったかも知れない」


 そうエレナは口を開く。


「その心は?」

「亡命先は遠ければ遠いほどいい。近場だと、また捕まるかも知れないから」

「あー、確かに」


 そんな事を話していると、外はゆっくりと日を落としていた。


「とりあえず、ティナはどうしたい?」

「できることなら、エルメラント王国に亡命したいです……」

「分かった。俺からフェンネル卿に話してみるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 その日の夜に、クリスはパトリックと面談をする。


「……というわけで、一人亡命希望者がいるんです」

「うむ、事情は分かった。とにかくオードー帝国で蜂起があったという事実確認が必要そうだ」


 パトリックはそう話す。


「わが軍の防諜員をオードー帝国に派遣しよう。それまでは彼女のことは保護という形にしておこう」

「分かりました」


 ティナは無事、願いが叶えられそうだ。

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