第13話 就任
クリスはその後、立体実在物質複写装置の取扱説明書を技術者とともに作成する。
その日の夜、クリスはパトリックの執務室に呼び出されていた。
「失礼します」
「やぁ、クリス。夜分遅くにすまないね」
「いえ、問題ありません。それで、何の御用でしょうか?」
クリスが質問すると、パトリックは若干深刻そうな顔をする。
「いや、今日のことがあっただろう?」
「えぇ、物体のコピー機を召喚しましたね」
「……昼間はあのように感謝こそしたが、冷静になって考えてみると、とんでもないことになっているのではないかと勘ぐってしまうのだ」
「と、言いますと?」
「あの複写装置、なんとも都合が良すぎないかね?」
パトリックが危惧するところはそこである。
この複写装置、その技術の元を辿れば、人類が大宇宙を開拓するために開発された代物である。
大宇宙航海時代を迎えた世界で、ワープ航法が確立した技術をもとに開発された装置。それこそこの複写装置である。
製造元は
その技術力は、この世界ではまさにチートと言わざるを得ない。
実際に使われている技術というのは、原子一個までスキャン可能な「空間走査装置」、それらをデータ上で再現する「ウルトラデータシミュレーター」、そのデータから物品を完全に再現する「無補給型物体構築装置」、そしてそれらを動かすための「空間跳躍無限機関転用民用小型エネルギーエンジン」などなど多岐にわたる。
「まさにチートの塊だ。そんなものが一介の領地に存在していることが噂にでもなってしまえば、最悪の場合、辺境領フェンネルは孤立することもあり得る」
「で、でもそれは考えすぎというものではないですかね……」
「いや、国王陛下から辺境伯という立場を戴いている以上、変なことはできないし間違った情報が流れるのも危険だ。もし複写装置のことが外部にでも漏れたら、我が領土で国家転覆を企てていると噂が立っても仕方あるまい」
パトリックのいう通りである。
もし、ここで複写装置のことが他の領土に流れれば、複写装置を使って反乱を起こすのではないかと考えるものがいるかも知れない。
もしくは、複写装置を狙って他の領土にいる貴族が戦争を仕掛けてくる可能性も否定できない。
そう考えれば、パトリックが過剰に危惧しているのも納得だろう。
「ではどうするのですか?今更装置のことについて隠すわけにもいかないでしょう?」
「あぁ、すでに工廠にいる技術者の何割かは知っているはずだ」
となれば、外部に情報が出ていくのも時間の問題だろう。
「そこで私は一つ考えた」
「なんでしょう?」
「クリス、君にはぜひ我が領土フェンネルでの専属軍事技術顧問になってもらいたいのだ」
「……はい?」
クリスは思わず聞き返した。
「軍事技術顧問……ですか?」
「そうだ。クリスには、我が領土に駐留する軍に銃を使った戦術の提案、及び軍に納入する新技術を使った兵器の開発を、専属の顧問として行ってもらいたい」
「……いきなり話が飛躍していると思うんですけど」
「そうかも知れない。だが、これは君のためでもあるのだ」
「と、言うと?」
「君はこのような装置を召喚できるスキルを持っているのは理解しているな?」
「そりゃそうでしょう」
「ならば君のスキルを悪用する者が現れないと思うかね?」
「それは……」
クリスは言葉に詰まる。
パトリックの言う通り、もしクリスが何者かに捕まり、スキルを悪用するように仕向けられたら堪ったものではないだろう。
「そこで提案だ。さっきも言った通り、クリスにはフェンネルでの軍事技術顧問となってもらう。我々はクリスの身元の保証を約束し、クリスは我々に貢献してくれれば良い。これでどうかね?」
「少し、考えさせてください」
「うむ、構わない。今晩じっくりと考えるがよい」
クリスは執務室を出て、フェンネル邸で寝泊りしている部屋へと戻る。
部屋に入ると、エレナが出迎えてくれた。
「お帰り……。用事ってなんだった?」
「あぁ。俺がフェンネルで専属軍事技術顧問に就いてくれって話だった」
そしてクリスはエレナに、事の経緯を話す。
「てな訳で、フェンネル卿に顧問として来ないかって言われているんだよ」
「……なるほど」
そういったエレナは、おもむろに自分の杖を手に取る。
「ん?どうした急に杖なんか装備して……」
「こういう時は『お告げ』に聞くのが一番」
「マジで言ってる?」
エレナはクリスの言葉に耳を傾けず、スキルを発動する。
少ししたあと、エレナは口を開く。
「フェンネル卿の話は受けたほうがいい」
「それ本当に言ってる?」
「……そんなに私のことが信じられない?」
そういってエレナはそっぽを向いてしまう。
「いや、信じているけどさぁ。エレナはそれでいいのか?」
「もちろん」
「これ以上冒険者を続けられないかも知れないんだぞ?」
「知ってる。それも含めて受けたほうがいい」
予想以上にエレナの意思は固いようだ。
「はぁ……、分かったよ。フェンネル卿の提案を受けるよ」
「うん、それでよし」
エレナはにっこりと笑って見せた。
翌日になって、クリスはパトリックのもとに行く。
「結論は着いたかね?」
「はい。顧問の肩書、快く頂戴します」
「うむ」
こうしてクリスは、フェンネル専属の軍事技術顧問となったのだ。
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