第12話 軍拡

「この街に残る?」


 2日後、商業隊の一行と合流したクリスたちは、アンヘルに依頼の件のことを話した。


「そうですか……。本来ならば違約金が発生する所ですが、今回はあなたのおかげで商戦が上手くいったのでお咎めなしです。好きにしてください」


 そういってアンヘル一行と、その護衛の冒険者はフェンネルを出発した。

 それを見送るクリスとエレナ、そしてペトラの三人。

 商業隊を見送ったあと、ペトラが口を開く。


「では、お父様の工廠に行きましょう。こちらです」


 クリスたちはその足で、フェンネル邸にある技術開発工廠に向かった。

 そこでは、多くの人がいろいろと作業をしている。

 その中にはパトリックもいた。


「お父様、クリス様をお連れしましたわ」

「おぉ、クリスよ。よくぞ来た」


 パトリックと技術者数人が出迎える。

 彼らが取り囲んでいた机には、1丁のマスケット銃が置かれていた。


「フェンネル卿、これは?」

「これは現在わが軍で開発が進められている火縄式の小銃だよ。クリスが持っているものと比べると遥かに性能が劣るがね」

「一応依頼書には目を通しましたが、銃の改良とはこのことだったんですね」

「あぁ、我々の現状ではこの程度のものを製造するしか技術力がない。それに大量生産するには少しばかり向いていない」

「それで自分に頼ろうと考えたんですね」

「そうだ」


 クリスは机に歩み寄り、そのマスケット銃を手に取る。

 マスケット銃自体は、ありふれた滑腔式の歩兵銃だ。

 それに装填する黒色火薬や弾丸も一般的なそれである。

 クリスはスキルの中から同じような銃を召喚した。

 オータムクラウドM1780というマスケット銃である。ところどころ相違はあるものの、参考にはなるだろう。


「これが自分の召喚したマスケット銃です。おそらくこの銃と似ているかと思います」

「なるほど。では実際に試験をしてみるとしよう」


 一行は試験場に向かう。

 早速クリスはパトリックに言われ、射撃を試みる。

 クリスはオータムクラウドM1780専用の道具一式を召喚する。

 火薬に弾丸、込め矢などだ。

 クリスはまず、コックを一段階引き、火薬を火皿に入れる。

 その後、銃口から火薬を入れて、次に弾丸を挿入した。

 それを込め矢で奥までしっかりと押し込む。

 そしてコックを最大限まで引く。

 これにて射撃準備は完了だ。

 そしてクリスは射撃姿勢を取る。

 射撃目標に照準を合わせると、クリスは引き金を引いた。

 一瞬小さな火花が散ると、火皿にあった火薬に点火する。

 一秒にも満たない時間のあと、銃身内に装填した火薬に点火し、発射した。

 弾は目標とは大きく異なる場所に着弾する。


「まぁ、こんな感じです」

「ふむ、我々の銃よりかは精度は良さそうだな」

「参考にはなると思いますよ」


 そうクリスは言ったものの、実際に参考になるかは不明だ。

 早速技術者は相談をする。


「卿の言う通り、我々の技術力よりかは良いみたいだ」

「しかし実際あれを作れるかと言えば、おそらく無理だろうな」

「まず火薬の性能からして異なるだろう」

「確かに。先の射撃を見ても、召喚した銃のほうが威力が高い」

「銃身の精度も高そうだ」


 技術者からは悲観的な感想が述べられる。

 そして一つの結論に至った。


「フェンネル卿、我々の力ではどうあがいても全てにおいて劣ります」

「そうか、察しは付いていた」


 パトリックは小さく肩を落とす。


「大丈夫です、お父様。我が家の技術力は王国内において一番ですから」

「うむ……、そうだなペトラよ」


 ペトラがパトリックのことを持ち上げる。

 パトリックは小さく笑った。


「ではどうしましょう?」

「そうだな。今後の我々のためにも、その銃は預からせてもらいたい」

「分かりました。どうぞ」


 クリスはパトリックにオータムクラウドM1780を渡す。


「では、これを分解して研究することにしよう。それでも構わないかね?」

「えぇ、ご自由にどうぞ」


 パトリックは銃を技術者に渡し、こう指示する。


「これを可能な限り研究し、コピーできるようにしろ」

「はっ」


 これを聞いたクリスは、脳内に一つの考えがよぎる。

 クリスはスキルを発動し、道具を検索した。


「そうですよ。作れないなら増やせばいいんですよ」


 クリスは思わず叫ぶ。


「……それはどういうことだね?」

「説明はあとです。どこか広い工場のような所はありますか?」

「それなら、工廠に予備工房がありますが……」

「ではそこに案内してください」


 技術者はクリスに言われるがままに、工廠内にある予備工房に連れて行った。


「してクリスよ、一体何をするのだね?」

「ちょっとお待ちください」


 クリスは自分のスキルを発動し、いくつか物を召喚した。

 それは家庭用のインクジェットプリンタやジアゾ複写機、コピーポーションなどであった。

 そして、クリスは目的の物を召喚する。


「これです」


 クリスが召喚したものこそが目的の道具、「立体実在物質複写装置 CP-33-4-RE」である。

 大きさは縦5m、横3.2m、高さ2.5mと人間に比べれば巨大なものだ。

 クリスはこの道具に触れ、使い方を説明する。


「この道具……もとい装置は、この部分にある大きさまでの物体をそのままコピーすることが可能である装置です」

「つまりどういうことだね?」

「例えば、ここにボールがあったとしましょう」


 そういってクリスは一個の野球ボールを召喚する。


「このボールをここに入れて装置の電源を入れると、その道具をコピーすることができるのです」


 そういってクリスは装置の電源を入れ、各種スイッチを入れる。

 すると装置がうなりをあげ、稼働し始めた。

 クリスはコピー原本であるボールを、引き出しのようになっている物体を読み取る空間に入れる。

 そしてコピー開始のスイッチを入れると装置が本格稼働し、装置の反対側にある物質吐出口からボールが転がり出てくる。


「このように、物体を丸ごとコピーできるのが、この装置なんです」

「……即ち、この銃を入れてコピーすれば、その分だけ増産できるということかね?」

「えぇ、その通りです」


 その場にいた関係者はざわめいた。

 これがあれば、いろんな製品をある意味無限に増殖させることができるからだ。


「……素晴らしい。これほどのものがこの世にあったなんて……」


 パトリックは感激していた。


「ありがとうクリスよ。よもやこれほどのものができるとは……」

「いえ、フェンネル卿の言葉がなければこの考えに至ることはできなかったでしょう」


 パトリックはクリスと強く握手をする。

 こうしてフェンネルの軍備は一部上昇することとなった。

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