7.芝宮涼子は良く拐われる

 放課後は、芝宮先輩への馬術のレクチャーを始める。先輩の出場するスラロームはごく基本的な競技だ。しかし、その前に常歩と速歩という、馬を操るための基本的な動作を学ぶ。僕らも、まだそれほど得意ではないけれど、教えられる程度には身についていた。

 先輩は熱心に僕らの説明を聞いた。


 そして日もくれかけた頃、僕らは、というか部活に参加している人たち全員がふと気づく。

 馬場の周囲をぐるりとまわる私道に、改造された高級車が一台止まっている。

 その車は馬が傍らを通りがかると、エンジンを吹かして驚かせる。困惑する部員たち。吉田部長がちょっと怒って車を見ていた。

 すると、僕らの傍らで芝宮先輩が顔色を変えていた。


「ごめん、ちょっと……行ってくる」

「え?」


 芝宮先輩は僕等を置いて、柵をのりこえ高級車の運転席側に向かった。

 スモークがかった窓が開き、中から壮年の男が顔をだす。


「てめぇ、何で来るんだよ!」


 芝宮先輩の声が聞こえた。一方、車の中の男はよく見えない。

 傍らに吉田部長と町山先輩がやってきて、僕らに聞いた。


「……芝宮、なにやってんの?」

「いえ、ちょっとわからないです」


 そうして、見ていると、なんと芝宮先輩はその車の助手席に乗って、どこかへ言ってしまった。


「え」

「あ、あの! 今の!」

「あいつ、どっかいっちゃったぞ!」

「はい不祥事!これは競技会無理だね!」


 慌てる僕らに対して、嬉しそうに話す町山先輩がいた。


「やったねぇ芝宮、俺から先生に言うから、これ不祥事だから不祥事!」


 正直、町山にイラッとする。こいつはどれだけ芝宮先輩を目の敵にしているんだか。

 すると僕の携帯が着信。取り出すとメッセンジャーに芝宮先輩からのメッセージが入っていた。


『すぐ帰るから心配しないで』


 百道も同じ用に携帯を見ていた。同じくメッセージがあったらしい。僕と百道は目を合わせた。

 しかし、芝宮先輩は何かと事件を起こす人だな、と思った。



 それから部活が終わった頃、いつものように掃除を終えて、帰宅しようと馬房の戸締まりをしていると、ふらりと芝宮先輩が帰ってきた。


「は、芝宮先輩! どうしたんですか!」

「ん、ちょっとね」


 芝宮先輩はちょっと疲れた様子だった。


「昨日の人に誘拐されたかと思いました」

「あー……あの車さ、あたしの親父なんだよ……うちの親父さー、地元のバカどもに顔効くからさ、こないだコンビニであたしが相手した連中に親父の名前出して逃げてきたんだよ……そしたら、それ親父にバレた」

「……え?」

「ま、お母さんは離婚してるんだけどねー、どうしようもない糞親父でさ、未だにタカるし、ほんとうっとおしいんだ……名前出したくらいで飛んでくるなっつーの」

「……そうなんですね」


 それから、芝宮先輩は心配して尋ねる。


「でさ、さっきあたし急にいなくなって、大丈夫だった?」

「はい……いえ……その、町山先輩が競技会下ろすって……先生にチクって」

「え……マジで?」


 それを聞いた芝宮先輩は明らかにショックを受けていた。こんなに悲しそうな表情をするのかと、僕と百道は言葉を失った。


「……着替えてくる」

「あ、あの……帰り危ないんで一緒に帰りましょうよ」


 僕がそういうと、芝宮先輩は小さく頷いて馬房を離れた。

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