6.芝宮涼子は打ち解ける

 馬術部の朝は早い。

 朝の餌やりのために。毎日6時に起きて、7時には学校に向かい、馬房の掃除や餌やりをする。もちろん、常駐の先生や、世話をしてくれる近所の牧場があるけれど、基本的には部活の一貫でルーティンとして、生徒らが馬の世話をしていた。

 朝靄のなかで、湯気立つ馬の背中は、ちょっと迫力がある。

 そして、香り立つ一晩ぶんの馬糞。

 うん、これもなかなか香ばしくてしんどいね。 

 僕は百道といっしょに、掃除を終えると、馬の餌やりの準備を始める。

 するとダルそうに、芝宮先輩が入ってきた。


「おはよー、今日なんか寒いね―」


 芝宮先輩は、あっけらかんとした様子で、普通に餌やりを手伝い始める。

 もちろん、百道も僕もおどろいた、そして、変わらぬ様子にちょっと安心した。

 昨日はあれから何事もなかったらしい。


「は、芝宮先輩。昨日は……どうも……」


 百道が言った。


「おう」

「あの……あのあと大丈夫でした?」

「あー、あのあとカラオケつれてかれて喉ガラガラ」

「それだけ……?」

「あたし、わりと断れるから」


 百道は、その様子に安心したようだった。僕もお礼を言う。


「あの、ありがとうございました」

「んー、別にお礼いわなくてもいいけど……」


 と、言ったところで芝宮先輩は、はたと何かを思いついた。


「……あのさ、じゃあ恩感じてんならさ、頼み聞いてくれない?」

「えっ?」

「あたしさ、一ヶ月後に競技会でしょ? なんとしても馬乗りこなしたいんだよね」


 聞けば、芝宮先輩は場術を学ぶための情報を教えて欲しいとのことだった。

 僕らは、そのリクエストに答えて、芝宮先輩とメッセンジャーのアドレスを交換し、めぼしい馬術の情報が記載されたサイトや書籍の一覧を送った。


「わー、色々わからなくてさ、ちょー助かる!」


 芝宮先輩が弾けるような笑顔を返す。何か、意外な一面を見た気がして、僕はときめいた。


「……別にお安いご用っすよ! その、スラロームも常歩速歩も俺らちゃんと教えるんで!」

「やーん、あざー♪」


 芝宮先輩はサイトを嬉しそうに、興味深そうに見ている。

 百道がジト目で僕を一瞬睨んだ気がした。

 それから、百道が尋ねる。


「……芝宮先輩って、なんで馬術部入ってきたんですか?」

「え?」


 その質問で一転して、芝宮の表情がこわばる。


「あ、いやすいません変な事聞いて」


 すると、芝宮先輩はすこし間を置いてから、逆に百道に聞き返してきた。


「……あたしみたいのが馬術部ってさ、やっぱおかしい?」

「え、いえ……そんなことはないですけど」

「……ていうか二人は何でなの?」

「え、俺らですか?」


 僕と百道は考え込む。


「……あ、あたしは、馬術って性別とか年齢とか関係ない唯一のスポーツらしいんです……それで興味を持って……」

「へー、そうなんだ、知らなかった! ……で、芦田は?」

「俺すか……俺は……初心者ばかりなのと、あと格好いいかなって」


 半分マジでそう思っていた。


「ブッ、そういうの好きだよ」


 芝宮先輩は笑っていった。百道よ、お前も笑うのかよ。

 しかし僕は尋ねる。


「……そ、それで、芝宮先輩は、結局何で入部したんですか」

「言わなーい」

「え、あたしたちだけ言って、ず、ずるくないですか」


 百道がオドオドしながらも、食って掛かる。

 笑う涼子。しかし、すぐに真顔になる。


「……ねえ、あたしってさ、怖い?」

「……! え?」

「あんまビクビクしてると色々損だよ」

「……? はあ」


 そうして、餌やりを終えると、僕らは各々のクラスに向かった。

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