5.芝宮涼子は遊び慣れている

 その日、部活が終わった僕と百道は、馬房の戸締まりをすると職員室に鍵を返した。

 そして、話題は僕らによる芝宮先輩の指導のことになる。僕は百道に訪ねた。


「……どうする、芝宮先輩のこと」

「ん、適当でいいんじゃない?」

「いやそういう訳にはいかないでしょ」

「芦田に任せるよ」

「なんで?!」

「あたし芝宮先輩、何か怖いし。ギャルだし……」

「だから、ギャル関係ないっしょ」

「ギャル人気だからなー」


 そこ、何か誤解あると思う。


「いやぁ、ギャルはともかく先輩は……ちょっと、苦手かな」

「なんだ芦田も怖いんじゃん」


 こわいのとはちょっと違うんだ、男子にとって圧が強いんだ──なんてことを考えながら、芝宮先輩の大人びた身体を思い出していた。


「こういうのってさ、女子のがコミュニケーションとれるんじゃないのか?」

「は? 都合よく仕事おしつけないでよ」


 百道は苛立って僕に言葉を返した。

 結局、話の筋としては、二人で面倒をみること、それから自身が学んだ馬術の基礎を手順通り教本に乗っ取っておしえることにした。

 そして僕らは下校をする。別に僕と百道は付き合っているわけでもないし、お互いになんとも思っていない、それは八百パーセント保証できる。クラスだって違うし。ただ、一年で同じ部員がいないとなる、しぜんと一緒にいることが多かった。


 僕らは、一旦それぞれの教室にもどると、結局同じタイミングで校舎から出てきた。

 僕と百道はとくに何を話すでもなく離れて歩く。こんな日々が一年の頭からずっと結構つづいていた。

 まあでも、帰宅ルートが同じなんだから仕方がない。

 校舎から出て、バス停へ向かう。

 バスに乗って同じバス停で降りる。

 周りは農家や果樹園ばかり。さすがド田舎。

 そして、幹線道路沿いの地方あるあるの、駐車上のバカでかいコンビニに立ち寄る。そこまで、全て行き先は百道と一緒だった。


 その日、コンビニには複数の改造車が停まっていた。いつの時代も、ヤンチャな連中はいるのだ。

 先に百道がコンビニに入っていて。僕は後から入る。だいたい百道はそこで雑誌を立ち読みをしていた。

 一瞬百道と目があって、無駄に互いに睨み合って、それから互いにニヤリと笑った。

 百道が買い物を済ませてコンビニを出た。

 僕は百道がいなくなったことを見計らって、僕はやや際どいグラビアが表紙になっている青年漫画雑誌を買ってカバンにいれた。

 この手の雑誌の購入は、さすがに気遣う。 

 そしてコンビニから駐車上に出ると──百道は改造車のチンピラめいた男子らに絡まれていた。


「えー、馬のってるの? すげー」

「ねー、馬より車のってきなよー」


 百道は応える。


「いや、いいです、あの帰るので」

「えー遊びいこうよ、友達とか呼んでさ」

「俺ら、馬並みだよ?」


 僕は、ちょっとどうしようか思い悩む。つか、なんて面倒に巻き込まれているんだよ。

 僕は、仕方がないと思って、百道の元に向かって彼等にいった。


「あ、あ、ああのっ、そいつこれから、部活の用があって!」


 やっべ、しどろもどろじゃん俺。


「……え、誰?」

「お前も、馬乗るの?」


 何の流れか、百道は馬術部であることを明かしていたらしく、予想外の問いかけが来た。


「えっ、は、はい」

「あ、これ、あれか! 白馬の王子的な」


 ちげえよ。


「いや、馬のってないじゃん」


 ウチの部に白馬いねえよ。


「馬力なら俺も負けないよ?」


 僕と百道をからかい、笑い合うチンピラたち。馬力と言ってエンジンをフカすなよ。たしかに馬力じゃ勝てないけど──一馬力って馬一頭分じゃないからな?


「あれっ、どうしたのー? 彼氏だまっちゃったじゃん」

「彼氏じゃないです」


 百道がバッサリと関係を否定した。いいけどさ。

 正直、どうしたものか──僕はびびっている。もはや学生ですらない、土地の男衆にうら若い高校生が太刀打ちできるわけもない。

 すると見知ったギャルがふらりと僕らの前に現れた。


「なにやってんの?」


 芝宮先輩だった。

 先輩は、僕と百道と改造車のチンピラたちを見る。そしてなにか状況を察したのか男たちに近づいた。


「……ねー、遊びにいくなら、あたし行くからさ、この子ら帰してもらっていい?」

「……え」


 百道も僕もおどろいた。

 しかし、チンピラ共は盛り上がる。


「お、君遊び行く?」

「あんたら帰りな、あたし遊び行ってくるから」

「えっ……でも」

「大丈夫だから、ほら行けって、馬だと思って操ってくるんだから」


 意味深なセリフとともに、芝宮先輩は見たこともない男前の笑顔を僕らに向けて、平然とチンピラたちの中に混じっていった。

 そうして僕と百道は開放された。

 コンビニを離れる際に振り返ると、芝宮先輩が車に乗り込むのが見える。そして、車が走り去った。

 ちょっと心配しなくもなかった。一方で、何か強烈に線引をされた気がしていた。子供はこっちへ来てはいけないよ、とでも言うような。

 僕らにはああいう事は出来ない。

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