2.芝宮涼子は馬を知らない

 わが校の馬術部は、厩舎と馬場で構成されたそれなりの敷地を学内のはずれに持っていた。

 土地が広いということもあるが、マイナーな部活にしては破格の待遇だ。しかし、場所はあるが、活動はショボショボなので、施設は更新されず古かったりする。


 さて──


 ある日の放課後のことだ。

 僕とたった二人の一年部員である百地由加が、もう何度繰り返したかわからない馬房の掃除をしていると、先輩の町山大吉が手に巨大フォークを持って怒鳴り込んできた。


「芦田! 百道! これなんなの! フォーク置きっぱなしにして! 危ないだろ!」


 馬の世話や掃除自体は、まあ、そこまで嫌ではない。臭いけどそれも慣れた。むしろ馬は可愛い。

 ただ、どうしても気が進まないのは、一部高圧的な先輩の存在だ。もっとも、僕は男子なので、慣れたものだけれど、かわいそうに、百道はびっくりして町山先輩に引き気味に接していた。

 ちなみに、フォークとは、馬に藁を与える際に使うもので(悪魔キャラがもっていそうなアレ)、その先端が尖っている。確かに放置されていると危ない。

 しかし、僕らにはそれを放置した記憶がなかった。


「え、あの……俺たちじゃないです」

「わ、私も知らない……です」


 僕らは応えた。


「じゃ、誰がやんだよ!」


 つかさず町山先輩が、大声で言葉を返す。この先輩は真面目すぎるがゆえに、時に高圧的でほんとうにめんどうくさい。

 僕と百道はどうやって先輩をなだめようか考える。すると馬房の奥の方からもう一人別の先輩が出て来た。


「……あ、それあたし」


 それは、芝宮涼子という二年の先輩だった──彼女は、特徴をひとことで言うなら「ギャル」だ。高校生なのに目元ぱっちりキラキラメイク。きれいに脱色したカーリーヘア。学校指定ではない派手めでやや胸もとの開けたタンクトップに、着崩したジャージ。


 その手には、馬房用のデッキブラシを持っているが、その爪にはたぶん自分で飾ったのであろう、お手軽ネイルアートのスパンコールとビーズが煌めく。

 馬房に対して見事なまでに場違いなギャル。それが芝宮涼子先輩だ。


「は、芝宮かよ……!」


 町山先輩が急にトーンダウンした。真面目過ぎる町山先輩は芝宮を強烈に苦手としていた。


「町山ごめーん、何かダメだったぁ?」

「これ、しまう所……違うんだよ」


 町山先輩がしどろもどろになって答える。


「そうなんだ」

「そうなんだ、じゃなくてさ、困るからこういうやめてくれないか?」

「そんなの、教えてもらってない。わかるわけ無いじゃん」

「……じ、じゃあ、一年に聞いてやって……」


 町山先輩、気圧されて傍らにフォークを立てかける。


「一年、ちょっとこい」

「え」


 そして、僕と百道が馬房からつれだされた。

 厩舎裏のすぐ外、人気のない壁際に僕と百道は立たされる。町山先輩が言った。


「お前らさ、ちゃんと芝宮に言えよな勝手なことするなって!」


 僕と百道は応える。


「え……」

「そ、そういうの先輩の仕事じゃ……」

「何で俺が、あんなの相手にしなきゃいけないんだよ。てか、何であいつ馬術部にいるの? 途中から入ってきて」

「さ、さあ……?」


 かなりお冠な様子だったけれど、町山先輩その後、馬房に戻ることはなく、逃

げるように馬房を後にした。

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