第40話 隠れ家の捜索

 例の家について、ルドルフが思い出せる限りの情報を得て、ジャイルズとリチャードはギャラリーを出た。

 無印の地味な馬車を借りると、王家が所有する狩場の森近くの廃教会へ向かう。


 怪しまれない程度に速度を上げた揺れる車上で、黙って考え事をしているジャイルズに、リチャードが話しかける。


「しかし、あの殿下が自分から捕縛しろって言い出すとは驚いたな」


 それぞれ伯爵家、侯爵家の子息である。王太子と年齢が近いため幼い頃から交流が持たれ、友人として育った。

 長じてからはさすがに会う機会は減ったが、幼なじみと言って差し支えない間柄だろう。


「悪いことではないだろう」

「意外だってだけだよ。ジルもそう思うだろ?」

「そうだな」


 王位継承者としての教育を十分に施されたにもかかわらず、王太子の性格が穏やかなままなのには理由があった。

 冗談交じりに王太子本人が言うことには、祖父である先代王に彼の容姿がよく似ていたせいだというのだ。


 先代王は好戦的な性格で、在位の期間のほぼすべてを各国との争いに費やした。

 ようやく停戦を迎えた今、次世代が顔だけでなく苛烈な気質まで似てまた戦争を起こされてはたまらない。

 実父である現王含め周囲が危機感を抱き、情操教育にかなりの時間を費やされたのだそうだ。


 王太子夫婦の仲が睦まじいのは周知の事実である。

 しかし、見初められて嫁いだとはいえ、王太子妃はそこまで力のある家の出ではなく、王宮での権威も強くない。

 王子殿下に恵まれたことで足場を固めつつあるが、まだ不安定という現状だ。

 だからこそ、伴侶と息子を守らねばと、あのおっとりした王太子も思ったのだろう。


 バンクロフト伯爵は、妻と子どもの存在が王太子の意識を変えたのだろうと言っていた。

 以前のジャイルズだったら、理解は示しつつも腑に落ちはしなかったかもしれない。

 けれど今は、分かる気がする。


 また、継承権を争う相手が叔父である王弟殿下くらいであり、幼少期を呑気に過ごせたことも理由のひとつだ。

 サックウィル卿を筆頭に王弟殿下を担ぐ派閥もあるが、当の王弟殿下本人にその気はない。

 王座に執着のない王弟殿下は、自分はあくまで有事の保険としてのみ存在すると公言して憚らないのだ。


 それが本心かどうかは分からないが、実際、結婚もせずに趣味の園芸に邁進している。

 公務も最低限だが、温室に入り浸りの王弟が研究者を重用するおかげで品種改良も進み、国益にもなっている。

 野菜や花など、身近なものを通して本人を感じられるからだろう、王弟殿下に対する国民の人気は高い。


 もし王弟殿下が玉座に就いても、国民はきっと反対などせずに受け入れるはずだ。

 しかし、彼に公務や執務が順調にこなせるとは到底思えない。

 摂政が必要になることは必然で、そこに収まるのはサックウィル卿自身という目論見だ。


 贋作のみならず、ジャイルズたちがそれに仕掛けられた文書にまで気付いたことは、ゴードンにもサックウィル卿にもまだ知られていない。

 最近のサックウィル卿の現王家に対する不遜な言動や、議会の進行妨害は目に余るものがあった。

 卿は、簒奪の準備が整ったと信じているのだろう。良くも悪くも単純な人間だ。


 父であるバンクロフト伯は「王太子に恩を売れ」と言った。

 ある意味正しい助言だが、フィオナのことがなくてものためにジャイルズができることはしたに違いない。


(なんにせよ、必要なのは証拠だ)


 ゴードンがサックウィル卿と繋がっている直接の証拠、もしくはゴードンの居場所を示すもの。

 住まわせていたルドルフにも、ゴードンは隠れ家の場所を分からせないようにしていた。

 つまり、そこにはなにか手がかりがあるということだ。


 逸る気持ちを抑えて森付近に到着する。そこには小さな村があり、まずは目標となる教会で馬車を降りる。


「ここかあ……すごいね。そっくりだ」


 リチャードはルドルフの描いた絵と実際の教会を何度も見比べて、感心した声を上げる。

 尖塔についた菱に十字の飾りも、その下の鐘が収まっていたはずの空間も、割れたままのステンドクラスも逐一同じだ。

 リチャードが持つ絵を覗き込んで、ジャイルズも確かに、と頷く。


「間違いない」

「角度からすると向こうのほうか……ああ、ちょうどいい。ジル、案内役がやってきたよ」


 狩場が開かれていない時の訪問者は珍しいのだろう。教会の周囲には既に数人の村人が集まって遠巻きにジャイルズたちを眺めており、リチャードの視線の先には慌てた様子で駆け寄ってくる中年男性の姿があった。

 村長だというその男性は息を切らしながら、おずおずと何用かと伺いを立ててくる。


「この教会が修繕もせずに放置してあるという話を聞いてね。直すにしても壊すにしてもまずは調べないと、という話になったのだよ」

「そ、そうでしたか! それならば、はあ、ありがとうございます」


 なにか良くない知らせを警戒していたらしい村長と村人たちは、リチャードの言葉に明らかにほっとした表情を見せた。


「それでだ、村長。もし工事をするとしたら資材を置く場所や、監督作業人たちの仮宿が必要になるのだが。この辺りに使えそうな空き家などはあるか?」

「そうですねえ……」


 ぱさりと広げた地図を見せつつ、探している隠れ家があると思しき近辺に目が行くようにすると、素直に誘導された村長は何カ所かの候補を示してきた。


「――と、あとはこちらの家ですか。最初の持ち主は貴族様だったのですが、何度か変わりまして現在の所有者は不明です。中央の台帳でご覧いただければ分かると思いますが」

「できれば、水場が近くにあるといいが」

「はい、ございます! 地図にはないですが、細い小川がありまして……ええと、この辺りは溜池にもなっていますし」

「そうか。じゃあ、少し歩いて見てくる。馬と御者を頼めるか?」

「ええ、ええ、お任せくださいませ!」


 手間代に多めの硬貨を握らせると、村長は満面の笑みで胸を叩いて請け負った。

 日が暮れる前には戻ると言い置いて、ジャイルズとリチャードはそのまま二人で教会を後にする。

 村人たちも、王都からの役人と思しき貴族の邪魔をするつもりはないようだ。

 しばらく歩いて誰もついて来ないのを確認すると、ジャイルズがボソッと呟く。


「……相変わらず巧く聞き出すな」

「ん? ああ、王都の令嬢たちよりずっと素直だし、簡単なものさ」

「怖い特技だな、リックらしいよ」


 呆れ半分、感心半分で言ったジャイルズの肩を、リチャードは軽く小突くことで返事にした。

 民家は村の中心に固まっているようだ。はずれに向かうと家の間隔はまばらになり、畑やちょっとした牧草地ばかりになっていく。


「ジル。見ろよ、塀だ」


 二軒ほど空振りをした、のどかなあぜ道の向こう。真っ先に目に入ったのは「崩れた塀」だ。

 小走りに近寄れば、奥には家――屋敷というほど大きくはないが、村人の家というには豪華な造りの二階建ての家がある。


 家の前の道に新しく馬車が通った跡はない。窓は鎧戸が閉じられており、玄関付近の汚れ具合からもここしばらく誰も来ていないことは確かだ。

 玄関扉の前に立つと、ルドルフが描いた通りの角度で教会の塔が見える。


「当たりだ」

「ルディ坊や、すごいじゃないか」


 教会、塀、玄関の扉周辺……ほんの短時間の記憶をたどって描かれた数枚の紙と見比べて、二人は感心する。

 今ここで描いたスケッチだと言われてもきっと信じただろうほど、どれもよく特徴をとらえていた。

 ドアに手を掛けるが、当然、鍵がかかっている。


「壊すか?」

「開けるさ」


 焦る様子もなくジャイルズは鞄から工具を取り出すと、鍵穴にするりと入れる。数分たたずして、二人は薄暗い屋敷の中にいた。


「……ジルのほうが、よっぽどおっかない特技だと思うけど」

「これくらい嗜みだろう」

「どっちが」


 人目に付きやすい表側ではなく、裏庭に面したほうの窓の鎧戸を開ける。光とともに入ってきた風が埃を舞い上げて、二人は軽くむせてしまう。


「けほっ……うーわ、全然掃除していないな?」

「ああ、地下はこっちか」


 上下に続く階段をまず降りてみれば、ルドルフが言った通りの狭い地下室があった。もともと作業をするために作られたのだろうか。半地下の壁の上部には嵌め殺しの窓が複数あり、空が見えて中は暗くない。

 自然光の差し込む部屋に残されていたのは、粗末なベッド、イーゼルと白いままのキャンバス。それに絵の具や絵筆だ。

 まるで今も画家の帰りを待っているような部屋アトリエだ。


「散らかっているけど、ここはあんまり埃もないな。ちゃんと『住んでいた』感じだ」


 そう言うリチャードに同意する。

 ルドルフがいたところに大事な物を隠すことはしないだろうと思いつつ、何かないかと軽く探すが、やはり特別なものは見当たらなかった。

 持ってきた麻袋に、贋作の証拠になりそうな画材やデッサン帳などをいくつか入れて、上階に戻った。


 窓から入る傾いてきた陽に照らされて、厚く積もった埃が重なる足跡を浮かび上がらせる。階段のすぐそばに置かれた、背もたれのついた長椅子がわりと綺麗なのは、きっと見張りが使っていたのだろう。

 本当に、ルドルフを閉じ込めて絵を描かせるためだけの家だったようだ。


「さ、急いで探すとするか。俺、二階見てくるからジルは一階な」

「ああ、頼む」


 二人で決めたこの家の滞在時間は半時。それ以上は村人に不審がられるに違いないし、無駄に時間を費やすならば、ほかの手を考えたほうがいいだろう。


 家具に布が掛けられたままの居室、蝿帳にカチコチになったパンが残されただけのキッチン。

 チェストやクローゼットは空で、隠し棚も見当たらない。

 一度、二階からリチャードの「うわっ!」という声とガタガタいう音が響いたが、ネズミに驚いただけのようだった。


 空が暮れていくに従い、手元も見えにくくなる。焦る気持ちを抑えつつ慎重に手掛かりを探しつづけていると、床に積もる埃が一部、夕日に照らされて不自然に薄く見えるところがあった。


(……なんだ?)


 便箋ほどの大きさで、よく見ると床の木目に沿って切り込みがある。ナイフを取り出して薄い隙間に差し込み、梃子のように持ち上げれば、少しの抵抗の後にカパッと外れた。


「――リック!」

「どうした、なにかあったか?」


 慌てて一階に降りてきたリチャードが、ジャイルズの足元を見て目を丸くする。

 外れた床板の下、小振りな木枠が埋め込まれたそこには、鍵付きの小箱がしまわれていた。


 玄関の時のように鍵を開ける時間がもどかしく、ペンチで壊して箱を開ける。

 中から出てきたのは、差出人不明の手紙が一通。宛先はオットー・ゴードン。

 ひらいた便箋に書かれていたのは、紹介文……いや、案内文だろうか。


『――の夜会。黒百合が飾られた控えの間で、君はサックウィル卿に会うことができるだろう。……』


 目を通した二人は顔を上げると、黙ったまま握りこぶしを軽くぶつけ合う。

 ここに来た痕跡を急いで消し、隠れ家を出たのだった。







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