第21話 愛されている
それから一ヶ月弱。
合唱祭当日となった。
櫛芭本人は、和音が多く伴奏はそんなに苦じゃないとかなんとか言っていたが、やはり普通にピアノが上手いのだろう。
中学の時結構苦労した気がするんだけどなぁ……。
あとC組の指揮者で
櫛芭が伴奏者になる前はその浅間と言う人が伴奏を行う予定だったそうで、櫛芭がやると言ったら快く譲ったそう。
この俺の通っている京両高校。
体育祭の時は五クラス五チームと言ったが
あと二つ、同じ学年にクラスがある。
難関コースと言って入試の際点数が良かった人だけが入れるクラスだ。
しかし点数が良くても難関コースは辞退することができる為、実際のところ普通のコースと大差はない。
体育祭は難関コースの生徒が五つに分かれるわけだけど、切磋琢磨とか普段から上目指して頑張ってるし、気にならないのだろうか。
実際のことは何も知らないし、根拠があるわけじゃないけど。
たしか
授業も通常とほぼ変わらないが、強いて変化を挙げるとすれば教師の対応が通常よりも良いことかもしれない。
通常クラスに加えてこの難関クラスも歌う為、合唱祭は時間がそこそこ長い。
合唱祭は付近にあるホールを借りて行う。
他の高校もここを借りる場合は今日に揃えている様で、入り口には生徒会や合唱祭委員が設置したであろう複数の種類の看板や旗などがある。
入り口を通り、中を進んでいく。
京両高校は第三ホールを使うみたいだ。
ここのホールは吹奏楽部の大会や、プロの演奏にも使われる様で、その時の写真や記録などが通路に置いてある。
まだ時間があったので少し見てみる。
…………よくわかんねぇ。
知らないところばっかり。
時間を潰せたので良しとしよう。
毎年出場してる高校もあるんだな。
西武高校。
……すごい。多分。おそらく。知らんけど。
「
「何見てたの?ずっとここにいたけど」
「まぁ、適当に」
あっち人沢山いるから、邪魔かなぁと思っていました。
久米は俺がさっき見ていた資料や写真を見て指を指す。
「お、これかぁ。ねぇ見て!ここに私の中学の頃の友達いるんだよ!」
「そ、そう」
あぁよくあるやつ。
写真の中で知ってる奴が居たら気になっちゃうよな。
「去年の写真だから一年生の時だね。すごいよね。こんな大舞台に立つのって」
「そうだな」
久米本人としては、そんな大した話をしているわけじゃ人だろう。
世間話レベル。
「今でも遊ぶことあるんだよ。一緒に居ると楽しいの!部活もすっごい忙しいらしくて、練習する場所がなくても市民センターとか借りて本番を意識してやるらしいよ!今頃部活の中心じゃないかな?」
「いや運動部じゃなくて文化部だし三年生がまだ居るんじゃないか」
「あ、そっか」
……何真面目に答えてんだ俺は。
暇か。暇なのか。暇だけど。
「……ねぇ」
ふと久米を見ると、さっきよりも幾分落ち着いた表情で話し始める。
「上手くいくかな?」
………。
「………分からん」
こればっかりは本当に分からない。
気持ちを伝えることは出来ると思うが、それがどっちに転がるかは本当に予測ができない。
「あ、ホールの中もう入れるみたいだよ!行こう!」
久米が俺を置いて駆けていく。
「走ると転ぶぞ」
多分言葉は届いていない。
一年生から順に合唱が始まっていく。
順番は一年、二年、三年と決まっている。
クラスの順番の方は合唱祭委員がくじ引きで決めている。
どのクラスも個性があって良い合唱だ。多分。
俺が採点するわけでもないし、知識もないのでその程度のことしか言えない。
仲の良い後輩、もっと言うと知ってる後輩さえ居ないので、なんて言ったら良いのか……ぶっちゃけ眠くなってきた。
失礼な気がするので眠らないようにするが周りを見ると眠っている人が一定数いる。
二年生の合唱が始まっても眠気は覚めなく、代わりに同じ列や付近の列に座っている人は笑顔で舞台を見ている。
まぁ、同学年なら普通は起きて見られるか……。
そうだよな知ってる奴が舞台に居るもんな……。
C組が舞台に上がってきた。
櫛芭のクラスだ。
はじめに指揮者と伴奏者。
そしてクラスの説明をする人が舞台に上がり、C組の人たちはその後ろに続いて歩いている。
櫛芭は伴奏者。
その為舞台の上にいる時間が必然的に長い。
ピアノの前で立っている姿はとても凛々しく、強く思えた。
椅子に座り、指揮に従い演奏が始まる。
その瞬間引き込まれるように音に釘付けになった。
櫛芭が弾く音はホールに響き渡り耳にまっすぐ届いてくる。
音の強弱もしっかり伝わってきて、弱い音も、弱い音だと分かるのに、不思議とまっすぐ伝わってくる。
今までの伴奏とは一線を画す。そんな伴奏だ。
合唱も始まり櫛芭の音と合わさってとても心地よい響きになっている。
櫛芭と一緒にいる時間が長かったから身内贔屓。
と、思ったが周りを少し見てみるとみんな一様に舞台を真剣に見ている。
どうやら本当に凄いらしい。
合唱が終わり、隣の人が急に席を立った。
見るとその隣も、もっと奥の人まで席を立っている。
……あ、俺のクラスか。準備しないと。
俺のクラスはまぁ、多分無難な合唱だった。
結構真剣に歌えたと思う。多分。
退場した後はみんな笑い合い声高らかに話し合っている。
それを見た教師にクラスに戻るよう言われみんな黙って移動を始めた。
俺もみんなの後に続きゆっくり歩く。
舞台裏のカーテンの隙間からピアノが見えた。
その奥に次のクラスが集まっているのも見える。
急いだ方が良いな。
残りの二年生、三年生の演奏も順に終わり表彰式に入る。
合唱祭実行委員がマイクを持ち、校長先生が賞状を持っている。
金賞、銀賞の発表をしていき、一年生が終わり、二年生の番になった。
「二年生の部の賞の発表に入ります」
いよいよ二年生。
「金賞………C組!」
C組からは声が上がり、その周りからは拍手が聞こえる。
C組の代表者2名。
つまり合唱祭委員が賞状とトロフィーを受け取り、クラスに見えるよう高々と挙げる。
その様子を見て更に声が上がり、ホールに響き渡った。
「続いて銀賞は……E組!」
E組も負けじと声を出し、賞を受け取ったことを喜ばしく叫んでいる。
「続いて伴奏者賞と指揮者賞の発表です」
クラスの席から舞台に視線を戻す。
「櫛芭
舞台袖から二人が歩いて入ってくる。
櫛芭と浅間………。
あいつ俺のこと睨んだ奴じゃね?
陽悟と話していることで視線を感じることは増えたが、あのようなあからさまな敵意というものはちょっと辛い。
よし関わらないように努力しよう。
名前も覚えた。
努力なんて必要ないと思うが。
櫛芭は賞状を受け取り、嬉しそうにはにかんでいる。
先に登っていた合唱祭委員と浅間に囲まれクラスに手を振っている。
………親は心配なのだ。
このホールのどこかにいる櫛芭の母の心情を想像する。
自分の子供が将来どのような姿になっているか。
確実な方へ確実な方へと流され、ギャンブルを避ける。
『お母さんも、小さい時は、お姉ちゃんを褒めてて……私が変えてしまったんです』
しかし、自分がテストで良い成績を収めてからは見る目が変わったと言う。
変わったのは周りの目。
櫛芭は変わらなかった。
だから悩み、考えていた。
だから今の櫛芭に目を向けさせる。
変わらなかったのにも理由があると教える。
新たな道を切り開くのは大変だが、前に居た道に目を向けさせるのは簡単だ。
成長した、と、この子なら大丈夫だ、と思わせるだけで良い。
一度成功の体験を見せる事でその不安は晴れるだろう。
みんなに囲まれて、その中心で喜んでいる姿を見れば、その子の夢を笑える訳がない。
合唱祭が終わり、ホールの前。
先生達が誘導しながら、徐々に生徒は三々五々に散っていく。
「雨芽くん」
「櫛芭か」
やけに緊張した表情をしている。
「これから、お母さんに話してくる」
「おぉ。そうか。頑張れよ」
だが櫛芭はそこを動こうとしなかった。
精一杯背中を押したつもりだったんだが、ダメだっただろうか。
「………少し、そこに一緒に居て欲しいのだけれど」
「………俺が?」
「………えぇ」
「縁さんとかじゃダメなのか」
「………あなたの方が、良い。と思う」
櫛芭はまっすぐこちらを見ている。
意図はわからないし、他の人じゃダメな理由も分からないが、まぁそこにいるだけで良いって言うのなら。
「分かった」
と応え、櫛芭の半歩後ろを歩きこれからを思案する。
実際に俺は会って話したことはないので、話は櫛芭とその櫛芭の母の二人で進んでいくだろう。
……親に話したい事がある、て言って、見ず知らずの男の人を連れてきたらどう思うだろう。
………これやばいな。
何がやばいってまじやばい。
とか言ってらんないほどやばい。
誤解を生む可能性を考慮。
最悪その場を逃避する可能性まで考慮。
「お母さん」
その人は空いている場所に立っていた。
ホールの方を向いていて、声に反応しこちらに振り返った。
「学校ではその呼び方はしない。と、言っていなかった?」
「今はこの呼び方の方が良いと思ったの」
視線を交わす二人。
俺は少し居心地が悪い。
やっぱり居ない方が良かったんじゃないかと思う。
櫛芭の後ろ、そこから見る櫛芭の母はやけに形式的な言葉を使い、堅い印象だった。
「話があるの」
しばしの沈黙を挟み、口を開いたのは娘の方だった。
その姿は、きっと叶わないだろうと悲観していたそれそのもので。
俺と、そして依頼者との関係だった。
結局俺って、こんな生き方しかできないんだろうな。
逃げた先でも人助けやってんだ。
この体質は筋金入りだろう。
「私には、夢があるの。つい最近まで諦めていた夢が」
……治せないのなら、いや、治せないのだから。
「縁と話して、クラスの人たちと練習して、本番を迎えて、表彰された」
今の俺には誰かの青春を傍で見るくらいがちょうどいい。
「弾いて良かった。そう思った」
隣に立って、力を添えて助けてあげるんだ。
「私のピアノで喜んでくれる人がいる。私のピアノを待っている人がいる」
青春の逃げ場に立つ俺が。
「それを知った日から、毎日がとても幸せで、嬉しかった」
相手が一人で、失うものが何もないからこそ。
「もっと上手くなりたい。もっと聴かせたいって沢山思えて、沢山練習するの」
話せることだってあるのだから。
「お母さん、私ね、ピアニストになりたいの」
櫛芭の夢が、青い春が眩しいほどに。
「………そう」
櫛芭の母は一言呟き、また黙ってしまった。
「沢山の人に聴かせてみたいとも思ったの。私の音を好きと言ってくれる人に会ってみたい。話してみたい」
目は煌めき、輝きを持って未来を見ていた。
「私の音で笑顔に出来たら、とても嬉しいの」
最後は静かな声で、自分の気持ちを伝え終えた。
「………分かったわ。……頑張ってみなさい」
俺はふっと息を吐き、胸を撫で下ろした。
櫛芭の母も、もちろん櫛芭も、良い表情をしている。
まだぎこちなくも感じるが、親子で普通に話せる日も、もうすぐかもしれない。
「未白、あなたの後ろにいる人は?」
うん。そうですよね。
このまま解散というわけにもいけませんよね。
「この人は、雨芽
櫛芭が俺のことを紹介する。
櫛芭の母はびっくりした様子で黙ってしまった。
「…………そう。だから
やがて考える仕草をし、呟いて何度かうなずいている。
……菊瀬先生?
そういえば菊瀬先生も櫛芭先生に話をしてくれると言っていたな。
俺が考えていると櫛芭先生はこちらを向いてきた。
櫛芭ではなくこちらを。
「雨芽くん。あなたはどうして人を助けるの?」
…………。
「え、あ、そうですね。菊瀬先生に頼まれたから………」
じゃダメみたいだな。
櫛芭先生の顔を見る限り。
「…………そうですね。………困っている人がいたら、助けた方が良いと思います」
櫛芭先生は目を伏せ、表情を隠す。
この問いに何の意味があったのだろう……?
「…………興味があっただけよ。ごめんなさい変な事を聞いて………悪いと思ってるわ」
「いえ別に……大丈夫です」
俺もこの答えには自信を持てない。
もらった言葉だ。
俺自身の答えとはまた違う気がする。
「それに、聞く相手が違うわね」
………?
櫛芭先生は俺を見ているようで、見ていないような、不思議な感じがする。
俺は宙に浮いているような思いになる。
「それじゃあ、私は先に行くわね」
櫛芭先生は小さく手を振り、場を離れた。
やり方も、返す相手も全然違うとは思うが、俺にとってこの部活は恩返しに当てはまるのだろう。
それでいい、それがいい。
この京両高校を受験して、合格して、一人になった。
悲しい思いも寂しい思いも、人並みには味わうことが出来たと思う。
こんな生き方……か。
もらった優しさも、どう扱うかは自分次第なのにその言い方は少しずるいような気もする。
でも、あの時の俺はそれ以外の答えを見つけられなかったから。
今も、間違っていることだけは分かっている。
正しい答えはいつまで経っても分からないままなのに……。
「雨芽くん。私も、少しクラスの方で集まりがあるみたいで」
「……そっか。うん、またな」
櫛芭もC組の集まりの方に向かい、1人になる。
スマホを見ると、D組の方でも集まりがあるようだ。
さて、どうするかな。
……どうもしないけど。
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