第22話 意味を探せば
「
「本当に助かりました!お母さんとお姉ちゃんがああやって話してるの、結構久しぶりに見ました!」
「そうか」
「ちょっと!雨芽先輩が助けたんですよ!もっと胸張って下さい!」
「いや、誇ることじゃないだろ……」
縁さんはさっきからすごく嬉しそうだ。
ニコニコしている顔を見ているとこちらもそれに釣られて笑顔になってくる。
「それでまたご相談なんですけど」
「なんだ」
スマホを取り出し、画面にはQRコードが表示されていた。
「連絡先を、もっと言うとLINEを交換して下さい!お姉ちゃんの分もです!」
「………姉には許可取ったのか」
「まぁ、お姉ちゃんにとっても悪いことじゃないと思うんで大丈夫じゃないですか?」
「適当だな」
断る理由は無い。
というか頼まれて断るなんて、相当な理由が無いと無理だと思う。
「お姉ちゃんの誕生日は8月29日ですよ!覚えて予定空けておいて下さいね!」
「まさかお前」
「はい!定期的に連絡もしますよ!」
ほげーっ。なんかまた面倒そうなものを……。
「じゃあよろしくお願いしますねー!」
「おい」
「さよならー!」
大きな声と、大きく手を振って元気に去っていく。
まぁなんとかなるだろ。
未来のことは未来の自分がなんとかしてくれる。
多分そう部分的にそう。
………帰るか。
「
………はいはい。そういうやつね。
パターンBね。
もうDあたりだったら、無視して帰るところだったわ。
俺の中にある陽悟対処パターンに当てはめて思考を巡らせる。
「打ち上げ行かないのか?」
あ、これDだ。帰る。僕帰る。
「行こう!」
いや。
「行こうぜ!」
いやなんだけど。
「早く行こうぜ!」
………。
どうやら俺が行くと言わないとテコでも動かないみたい。
「体育祭も行かなかったし、いいよ」
「やった!笠真と打ち上げ嬉しいな!」
あれー?断ったはずだったんだけど?
まさかこいつ、いいよを良いよと思ってんな?
日本語って難しいぜ!
「いや、行かないから」
「あ!雨芽くんいた!」
「
なんか予想できるけど聞いてみるか。
「行こう!打ち上げ!合唱祭からは!」
「笠真は打ち上げ来てくれるって!」
「本当!?良かったね!」
なんか勝手に話が進んでいる………。
「雨芽くん!陽悟くんだって体育祭の打ち上げの時、雨芽くん来なくてしょんぼりしてたんだからね!」
いや知らないよそんなこと……。
「じゃあ出発!」
久米に手を繋がれ、ぐいぐい引っ張られていく。
「もう先に行っている人も居るから急ごうか!」
陽悟は陽悟でもう先の事を考えてるし……。
「もしかしたら俺が負けた原因を作ったかもしれないんだぞ」
C組の金賞は、櫛芭のピアノが大きく関わっていると思う。
櫛芭はきっかけが無かったらピアノを弾くなんて事は無かったと思うし、櫛芭がピアノを弾かなければ、結果もまた変わったと思う。
だから銀賞くらいは取れたかもしれない。
所詮はただの推測だし希望論だけど。
「それなら依頼をした私もだよ」
「櫛芭と一緒に居なくて良いのか?」
「うん。
どうやら櫛芭は想像した以上にクラスでの立ち位置を確立したらしい。
………あいつの性格なら疲れそうだな。
良い意味で妥協しないからな。
きっと人付き合いもいつだって真剣だろう。
両隣を陽悟と久米に挟まれ、相沢も見ている。
これもう帰れないな………はぁ。
なんとか手を放してもらい、自由を確保する。
打ち上げに参加するという条件付きで。
道路を四人で歩き、踏切に差し掛かる。
そうか、今日は帰り道じゃないから道も当然変わっているか。
何も考えてなかった。
渡ろうとしたとき、踏切の警報が鳴った。
慌てて元の場所に戻り、息を吐いて周りの状況を確認すると、
「あれ?」
隣にいるのは久米だけだった。
陽悟と相沢は……。
降り始めた遮断機の先に二人の姿を確認する。
「えー?二人とも戻ったの?」
「そっちこそ今の渡ったのー?」
相沢と久米が声を飛ばす。
踏切の表示を確認すると、どちらの進行方向にも光が点灯している。
「先行っていいぞー」
「あー…絶対来いよなー!いやまぁ久米さんいるから大丈夫だとは思うけど」
「大丈夫!任せて!絶対連れてくから!」
もう分かってるって…諦めてるからとっくに………。
楽しそうな顔で笑っている久米に安心してか、陽悟と相沢は先に歩いていく。
二人に手を振り終えて、ようやく久米は落ち着いた表情に戻る。
隣にいる久米に、不意にあることを思い出す。
が、話すタイミングを掴めずどんどん時間は過ぎていく。
あたりに響く警報の音と、自動車のエンジン音が俺と久米の沈黙を誤魔化す。
何か話すことを、と考えれば二人同じく所属している部活のことしか思いつかない。
「なぁ」
「ねぇ」
同じことを考えていたのかは分からないが、俺と久米で同時に相手に声を掛けてしまった。
そのことが更に、お互いにしばらくの間話していなかったことを自覚させて変な緊張感を生む。
「わ、私はいいよ。雨芽くんどうしたの?」
「あぁ、いや。大したことじゃないんだけど」
ついさっき思い出したことだ。
『思ったんだけどこの部活の名前ってなに?』
久米の依頼が終わったすぐあと、久米がこの部に入ると決めたときの問いだ。
「どうしてこの部の名前を扶助部にしたのか、そういえば理由を話してなかったなって思って」
俺の言葉に頷き、久米は先を促す。
その目は、じっと俺を見つめて離さない。
「……隣に立って、力を添えて助けられるようにって意味を込めたかったんだ」
まずは名前から。
自分の目指す形というものを口にする。
俺だけの答え。
それでも、たとえそうだとしても、悔いのない答えを出すために。
あの時自らの母と話す櫛芭の姿が、間違いなく俺の目指したかった姿だった。
「うん。いいと思う。すごく」
そう言って久米は頬をほころばせる。
その笑顔に安心し、やっぱり人を助けたいと思った。
こんな俺でも、助けられるのなら。
助けを求める人がいるのなら。
あの部室で静かに待つのも悪くない。
一番に、拒まず、誰であっても。
あの窓際の席で扉の音に耳を澄まして。
青い春の中で迷う人たちの傍に立ちたい。
吹きすさぶ風は、髪を揺らし明後日の方向に向かっていく。
未来がどうなるかなんて誰にも分らない。
「行こう!雨芽くん!」
電車が通り過ぎ、遮断機がゆっくりと上がっていく。
一歩一歩、踏みしめるように歩を運んでいく。
渡り終えて振り返ったとき、ついさっきまでいた踏切を挟んだ向こう側ががとても遠く感じた。
いつもと違う電車に乗り、打ち上げをする飲食店に移動する。
D組はお好み焼き屋を予約したようで、お店にはD組以外の人はあまり見当たらない。
まぁ30を超える人数だもんな。
店員さんに陽悟などを含めた数人が食べ放題の開始を頼んでいる。
時間は90分。
店側が時間になったら声をかけるようになっている。
隅の席に座り、メロンソーダをチューチューと吸う。
もともと食べる方ではないので、
最初の15分くらいでお腹いっぱいになってしまった。
お金の方は親がくれたものを使っている。
家を出る前に渡されたものだ。
体育祭の時にも貰ってはいたが、あれはアニメのグッズに消えた。
親は中学までの考えで動いていて、息子は高校で楽しくやっている、と思っているらしい。
まぁそうだよな、中学までの知識ならそう思うよな。
高校になると距離も遠くなりなかなか高校のイベントにも参加できないし、推測しか出来ないからそこは仕方がない。
金は要らない。と、伝えてはいるんだけどなぁ。
なんか申し訳ないなぁ………。
「笠真。………笠真?」
「あ?あぁ、陽悟か。なんだ」
「前言ってた夏休み中に頼みたい事なんだけど……」
………あぁ
たしかに合唱祭が終わったらすぐ夏休みだもんな。
「何をすれば良いんだ?」
「その、俺の弟の事なんだけど……」
「弟がいたのか」
「うん。
「弟さんが出るのか?」
「いや、弟は高学年、5年生だよ」
……ん?
「じゃあ関係ないんじゃないか?」
「あぁ、まぁ、低学年の手伝いを高学年がして、その更に手伝いを俺らでするっていう感じで……」
「あぁそういう」
「………陽悟一人でなんとかなんないのか?」
なんていうか……すごい…めんどくさそう。
こうなったら仕事を回避する方向にシフトしよう。
飲み物をストローでかき回しながら少しずつ吸う。
だるいなぁ、という思いをひしひしと伝える。
嫌な奴アピールをくらえ!
氷が動く音が響く。
さすがにこんなに静かになるとは思っていなかったので、
少し音を抑える、陽悟は諦めたかな?
「……笠真に、来て欲しいんだ」
ズコッ。とメロンソーダと空気を一緒に吸い込み、ストロー特有の音を立てる。
びっくりして顔を上げてしまった。
今まで聞いたことのないような陽悟の落ち着き払った冷静な声にゾワっとした。
「………わかった………うん」
少し呆然とした気持ちでOKしてしまった。
まぁどうせ暇だし………なんとかなるだろ。
「そっか!良かったぁ!」
「お、おう」
陽悟はまたいつもの調子に戻り、楽しそうに話す。
それに、柊木の依頼はもう終わったが、俺個人としても陽悟のことはかなり気になっている。
………行ってみても良いかもな。
「雨芽くん!……雨芽くん?………どうしたのそんな難しい顔して」
「あ、いや、なんでもない」
久米が話しかけてきた。
さっきまで考えていた事を引っ込めて久米の方を向く。
「なんか用か?」
D組の人が沢山いる方を見ると、男子と女子の距離も近くなりなかなか盛り上がっている。
久米はモテるし、顔も良いからそんな席を外してまでこっちに来たということは、なんか目的があるんじゃないかと思ってしまう。
でもよく考えたら陽悟も席外してこっち来てるな。
さっきの部分カットで。
「えっと、そんな大した事じゃないんだけど…」
そうした前置きを、
「あ、でも大したことかも……」
久米は自分自身で取り消してしまった。
「そうなのか」
何を話すつもりなんだろう。
久米は目を泳がせている。
俺と、そして陽悟と目が合う。
「俺、お腹減ってきたしあっちで食べてこようかな」
「そう。うん。じゃあまた」
陽悟は離れてしまった。
久米は陽悟を止めないから話があるのは俺だけか。
「いやぁ、良かったね。ほんと。未白ちゃん、上手くいったみたいで。
「そう」
久米は椅子をずらし、1人入るくらいの距離で隣に座る。
「未白ちゃんのこと、よく分かったね」
「まぁ、うん」
「なんでも分かっちゃうみたい」
「記憶から予想して、たまたま合ってただけ。その程度だよ」
「うん。それでもすごい」
「そうかな」
「うん。……そうだよ」
久米は顔を見せてくれない。
少し下を向き、手を動かし、指を合わせ、手首を握ったりしている。
いつも付けているリストバンドが目に入る。
………助けを求める行為は、逃げることと似ている。
一人で解決する事を諦め、他を頼る。
でも似ているだけで、悪い事じゃない。
向き合い方も、解き方も、人それぞれ。
責任から逃げ出すことより、全然良い。
一人を選んだ、なんて言ったら聞こえはいいが、所詮は逃げ出しただけだ。
関わりを絶って、それでも人を助けることにすがって何を見た?
櫛芭は結局、俺と出会う前は、誰にも頼らず一人で考えていた。
俺はその姿を……とてもかっこよく思ったんだ。
………誰かを助けて罪滅ぼし、か。
俺がここにいるってのが酷くお似合いで、笑えてしまう。
「雨芽くんまた難しい顔してる……」
俺は、笑えてなかったらしい。
久米は心配そうに俺を見ている。
「一人一つデザート選べるみたいだからみんな選んでー!」
大きな声がした方を見る。
そこにはハンディターミナルを持った店員と、柊木や東堂とうどうなどクラスの中心的人物が集まっている。
近くに陽悟もいる。
時計を見ると、もうすぐラストオーダーの時間で、ちょうど良いタイミングだった。
「じゃあ私、自分の席に戻るね」
「あぁ。じゃあ」
また後で。と久米は手を振り、人が多いところに向かっていく。
さて、何にしようかな。
柚子シャーベット、とかあるかな。
メニューを取り、どうでもいいことで自分の思考を乱す。
しばらくは……何も考えたくない。
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