第11話 今のことも

 隼真はやま美穂みほと別れ、高校に戻る。

 久米くめはどこかよそよそしい。

 言葉数も減って黙っている時間が多くなった。

 久米が黙ると喋る人はいないので、必然的に無言で歩く時間が出来てしまう。


 五分くらい歩き、高校まで半分というところ、櫛芭くしはが口を開いた。

「中学と高校の間の時、何があったの?」

 ………。

「………何も無かったな」

 人に話せるようなことは何も…。

「強いて挙げるとすればこの高校の春休み課題が多かったことかな」

「何か……あったんでしょ」

 久米が確信にも近い表情で聞いてくる。


 …………はぁ、隼真が口を滑らせたか。

 あいつ昔からそうだもんな。

 早く治した方がよいぞ、それ。

 小学校の頃はまだ良かったけど中学だと人も増えて、隼真のこと理解できないやつとかいたからな。

 基本は良い奴なんだけど。

 そのせいで勘違いとか、ちょっとした喧嘩も多かった。


 それで、その間に入るのも決まってあいつ。


 後ろを歩いている2人は詳しくは聞いていないようだ。

 まぁあいつらも全部知らないからな。

 知っているのは一部。

 その一部だけから考えると、俺はすごくかわいそうな奴に見えるだろう。

 だけど、事実はその逆。

 酷いのは俺で、かわいそうなのはあいつだ。

 俺は、逃げたんだ………。


 全部を知っているのは俺だけ。

 みんなが事実を少しずつ知っていて、その事実を繋げられなかった。

 いや、たとえ繋げられることが出来たとしても、俺の行動は正しく見えてしまうんだろうな……。


 どちらにしろ、久米と櫛芭は関係ない。

「何も無かったよ」

 高校に到着する。


 体育祭委員の仕事場所にて買ってきたものを菊瀬きくせ先生に渡し、感謝されてそのまま帰ろうとしたが、

「せっかくだから手伝って行こうよ!」

 と久米が言った。

 その瞬間、実行委員の目がこちらに向いた。

 じっと見てくる、目の圧。

 ………これ、拒んだら刺されるな……。

 久米はこっちを見ているから気付いていないが俺と櫛芭はそれ断ったら殺す、みたいな視線に気づいてしまった。

「そうだな。忙しそうだし、手伝える事なら」

「ええ。やりましょうか」

 実行委員の人達の目が作業に戻る。

 一年生でさえこっち睨んできたからな……。

 学年を超える労働環境の劣悪さ。

 はぁ……怖かった。


 体育祭の準備を手伝い、当日を迎えた。

 当日はクラスの席から離れ、体育祭本部近くのテントで集まってくる点数の集計を行なっていた。

「去年の俺はあの辺りの日陰にいたんだっけなぁ」

「ぶつぶつ言ってないで、さっさと計算しなさい」

 呟きが櫛芭に聞こえてしまった。


 競技が終わるたびに仕事が溜まるからずっと仕事が終わらないんじゃないかと錯覚に陥ってしまう。

 櫛芭は俺を咎めた後も自分の仕事をしている。

 どちらかというと確認だな、それも何回も。

 いくら失敗が許されない点数だからって何回計算し直すつもりなの?

 休まないと倒れちゃうよ?

 ………真面目な奴。


未白みしろちゃん!次、私たちの学年の競技だよ!」

「それは分かっているわ。雪羽せつはさん、あなた自分の仕事場を離れてどこに行っていたの?」

「え?あ、いや、忘れてた訳じゃないよ?ほら!得点の紙をもらってきたんだよ!渡す人も自分の競技があるからね!」

「そう。あなたのことだから仕事を忘れて、誰かとお喋りに夢中になっているのかと思っていたわ」

「ちょっと酷いよ!私だってここの部員だからね!」

 久米から得点の紙を渡される。

「じゃあ雨芽くん!ここよろしくね!」

「よろしく」

「はい。いってらっしゃい」

 二人仲良くテントを出て行く。

 その勢いは手を、いや腕を組んでしまいそうな勢いだ。

 まぁ久米が詰めているんだけどね。


 渡された紙を見ながらパソコンに打ち込んでいく。

 このままだとうちのクラス負けるな……。

 やれやれ、次は俺の競技か。

 結果が分かりきっているのに走らされるとか…。

 ………風刺かな?……何のだよ………。

 暇じゃないのに一人ボケツッコミをしてしまった。

 暇じゃないのに暇であるように振る舞ってしまう。

 これは人間の性だな。

 もう学会に提出できるレベル、論文を書こう。

 ………はぁ。


 やる気が途端になくなり、グラウンドに目を向ける。

 大丈夫、まだ時間はある。


 久米は相変わらず友達が多いな。

 遠くから見てもわかる。

 今も自分の出番を待っている中自分のクラスとも違うクラスとも分け隔てなく話している。


 櫛芭を見つけた。

 久米ほど友達が多い訳じゃないが、櫛芭も櫛芭で自分の居場所がある。

 多いから良いとか、強いとかそういう考えに縛られるやつではないんだろう。


 しばらく時間が経ち、周りとの話が落ち着いた後、今度は久米と櫛芭で話し始めた。

 あの組み合わせ、よく考えたらすごいな。

 一言で言うと立場が違う。

 本来は関わることの無かった二人だろう。

 ………今は、同じ部活に入っているんだしこんなこと考えても仕方ないか。


 何か手を動かしてないとまた見入ってしまうような気がして自分の仕事に戻った。

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