"その蕾が開く鍵"-7


「単刀直入に言って瑞帆しか好きになれない状態が昔から続いてて……」

「ごめん。ここはあたしもしおらしくなるべきなんだろうけどちょっと一つ疑問が」

「おう。なに」

「2回目?」

「うん。2回目」

 ん?

「1回目いつだ?」

「中学の時。下駄箱に手紙入れた」

 ……え?

「あ、あれ、章だったの?」

「え!?気づいてなかったの!?」

「もう一通の方の重みがすごくてそっちまで頭働かなかった……」

「え!?同じタイミングで告白したやついんの!?」

「ちがう。あの当時、あたしいじめられてて…あ…」

 その瞬間にポテチの境界線を章が超えてくる。

「…ちょっと待てはこっちだ。俺の告白なんてどうでもいい。それ、ちょっと感じてたけどお前から拒否されっぱなしだから手が出せなかったんだよ。だから詳しくは知らない。お前の口から出た以上、聞いてもいいよな」

 それまで恥ずかしそうにヘラヘラしていたのに急に真剣な目線をぶつけてくる。だからこいつは…。

「…楽しい話じゃないよ」

「話すのが辛いなら無理には聞かないけど」

「…いや。せっかくだから、ぶちまける」

 あたしは、その顛末を手短に話した。

「……結論、俺とお前が幼馴染で仲よかったことが原因で、それに僻んだどうでもいい同級生が、そのストレスをお前にいじめって形でぶつけたってこと?」

「そう、だね…」

「……ったく。雪帆は知ってんだろ?」

「知ってる」

「なんで俺には言ってくれなかった?」

「あの時のあたしは、誰かに頼るなんて雪帆しか知らなかったし…明確に原因、って言われてるあんたを巻き込みたくなかったから」

「なんで」

「嫌だったの」

「だから、それがなんで」

「嫌なものは嫌じゃん」

「そうじゃない。あの時そんなこと気にするような関係性じゃなかったろ!?今は、ちょっと距離できてるから違うかもだけど……その時は違うけど、今やもう10年だぞ!?知り合って、仲良くなって、ほとんど家族ぐるみで。確かに雪帆よりは関係浅いし家族じゃないし、ってところはあるけど…それにしたってそんな大事なこと……」

 後半、意気消沈したように語気が落ちていく。

「ご、ごめん。でも、それは本当なんだ。巻き込みたくなかったっていうのは」

「あんな態度取られるなら巻き込まれた方が良かった」

「……」

 反応に困った。

 しかも一通目の手紙、告白の内容が、まさか章から届いたものだったなんて、夢にも思わなかった。

「…いや、でも、確かに、直接伝えられなかったのは俺も悪い。あの頃の自分にあったらぶん殴りてぇ」

「……」

「だからあれはまあ、無視でいいや。けど……」

「……けど?」

「…頼むから今から1分だけ暴言と暴力我慢して」

「貴様いかがわしいことする気だろ」

「いいから。お前の人生、1分だけ幼馴染の俺にくれ」

「……ん」

 ポテチの境界線を超えて目の前に膝立ちする章。そしてそのまま。

「本っ当にごめん」

 言いながら、あたしの頭を抱きしめてきた。

「…ちょっと。セクハラで訴えるぞ」

「1分もらった。時間ないんだ黙ってろ」

「う……」

「俺さ。小学校入った時にお前に逢ってから、ずっと好きだったんだよ。や、嘘。ずっと好きなんだ。1日一回も話せなくても、顔見れるだけで舞い上がるぐらいに、今もな。こんなことほとんど誰にも話したことないけど。雪帆ぐらいじゃねーかな」

 頭部を包み込む柔らかい抱擁の中で、後頭部に撫でられる感覚が追加される。

「だから男友達もそうだけど、女友達にもなんで彼女つくらないの?とか、一緒に遊んでるときにやたらそういう話になるんだけど、別にどうでもいいって思ってた。そういう周りの成長から取り残されても、やっぱり、そういう風に隣にいてほしいのは…瑞帆しか想像できなくて」

 抱きしめられている後頭部を撫でる手から熱が伝わり始める。 

「確かに、あまりにもリアクション悪いし、打っても響かないから、一瞬ブレそうになった時期はあったけど……しかもそれが雪帆っていうな」

 プチ告白かこの野郎。どさくさに紛れて何やってんだこいつ。

「今となっては笑っちゃうけど、あいつ、お前のことが好きすぎて、『あたしが章くんに告白したってことにして。嫉妬させてお姉ちゃんに自分の気持ちをちゃんと伝えないといけないんだって思わせたいから、それには嫉妬が一番いい』って言ってきた時は惚れるかと思った。なんていい奴なんだって思って」

 え…ダメだ。そんなこと、知らなかった。

「だから、俺は喜んで共犯者になった。ただ、それでもお前に全く響かなくてびっくりしたけどな。そんな風に見てきたつもりだったのに、何も気づけなくて、本当にごめん」

 そう、ふわりと告げて、最後のようにゆっくりと撫でる手が髪先まで届くと、熱が下がった。

 抱擁が解かれたのだ。

「1分、ありがとう。そろそろ帰るわ」

 そう言って、ポテチの境界線の向こうに引き下がろうとする章。

 

 ふざけんな。そんな愚行、許すものか。


「…一方的に好き勝手、言いたいこと言って逃げるんじゃねぇ」

 言うが先か、動くが先か、あたしは奴が来ていたパーカーの袖の肘のあたりを掴んだ。

「…恥ずかしくていられないんだけど。どうせ、また罵倒されて終わるんだろうし」

「誰も、罵倒するとは言ってないし。どうせ話すんだと思って飲み物だって持ってきたんだ。土産じゃねぇ。いいから大人しく座れ」

「いいのか?」

「いいって言ってんの。気が変わる前に大人しくしろ。さもなくば追い出す」

「わかったよ。どっちなんだよもう」

「わかればいい」

 自分でも理論が破綻していることなんて自覚しているのだけれど、上からで強がるほかなかった。

「…先ずは、あれだ」

「……?」

 大人しく座り直し、渡したペットボトルに口つけた奴に向き直り、改めて星座に姿勢を正す

「中学の時の手紙、気づけなくてごめんなさい」

 と、言いながら土下座する。

「ちょ、ちょっと!いいよそんな、やめろよ!頭上げてくれ」

「いや、このまま一言だけ…せっかくさぁ、すごく大事なことを、きっと思い切って伝えてくれたはずなのに。あたしは、結局自分のことばっかりで、何も気づけなかった。気づいてあげられなかった」

「いやまぁ、差出人が名前書いてなかったってミスはあるけどな」

「けれど、もしかしたらちゃんと読み込んだならきっとお前だって気づけたはずなんだ。それなのに、それすらしなかった。本当に、ごめんなさい。あたしだったら、いくら手紙でもあんなことはできない」

 そこで、あたしは頭を上げて立ち上がる。

 奴に背中を向けて、机の鍵付きに引き出しを解錠して開けて、中から紙片を取り出す。

「……あの時。って言っても、高校入ってからなんだけど。もうすごく時間が経ってしまってからなんだが。もし、あの手紙をくれた人が、自分の予想通りの人だったらって思って…」

「ん?なんだこれ」

 あたしはそこから取り出した紙片を章に渡す。

「いじめられることがなくなって、あの手紙にやっと向き合えるようになった時に、書いた返信」

「……え……そんなものが存在するのか!?」

「今となっては二年前のものだけどね」

「…読んでも?」

「よくなかったら渡さん。しかし一回だ」

「音読は?」

「警察案件だな」

「はいわかりました!」

 すると黙った章は、まるで瞬間で没頭するように紙面に向き合い始めた。

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