"その蕾が開く鍵"-6
「…今警察が迎えに来るから待ってろ」
「雪帆も共犯で捕まるけどいいなら呼べば」
…ちっ。
あたしはなるべく近づかないように部屋の壁に沿うように入り込む。
自分の家の、自分の部屋なのに、なんで泥棒みたいな真似しなきゃいけないんだ。
「……はぁ。なんでいるの」
「今のでわかんない?」
「わかんない。雪帆が入れたのだろうし、今日の放課後、あたしが先に帰ったからその時に企んだのだろうし、それはわかるけど、理由がわからない」
「荒療治、だってさ」
なんだそれは。
「端折りすぎてて話が見えない」
嘘だ。あたしは床に座っている章から距離を取るように机の椅子に座る。髪、ドライヤーかけてきてよかった。無防備な風呂上がりを晒すところだった。
「今日、雪帆の帰りに会ったろ?あの時に、お前のこと相談されたんだよ。それで、なんかあったら協力するって言ったら、指定したタイミングで家に来いってことで、少し前にライン来たからご命令に大人しく従って馳せ参じたってわけ」
「……だからか」
一緒にお風呂に入ること自体は何も珍しくはない。けれど、今日雪帆が強気だったのは、そう言うことか、と思う。この算段か。そう考えればある意味では章も被害者なのか?
「…話あんだろ」
「ま、まあ」
「ちょっとそのまま動くな。位置を変えるな。少し待ってろ」
どっちが男で、どっちが女かわからないけれど、命令口調が止まらない。見苦しい。いい捨てるだけ言い捨てて、あたしは部屋を出て階下に降りる。階段を降りる手前に好きに楽しんでいるのだろう妹の部屋の扉の小突いた。文句を言うのは、奴が帰ってから。めちゃめちゃにしてやっから覚悟しろ。
その足でキッチンに行って、冷蔵庫をオープンする。好きに飲んでいい飲み物ゾーンから、ペットボトルの緑茶とカフェオレと水をピックアップ。ちょっとだけお菓子もチョイスして部屋に戻る。
「…おかえり」
「気持ち悪い」
「ひどいな」
「どれがいい?」
飲み物三種を示すあたし。
「…どれでもいいの?」
「いいから早く」
「じゃ、お茶もらう。あんがと」
「いいから。どうせ話すんだろ」
言いながらあたしはまた机に曽根付けの椅子に腰掛けて奴に向き直る。
「で、何」
「ん?」
「要件」
「あー別に」
「よし今から君の家に通報しようか」
「おーけいおーけい。ちょっと待とうか。嘘ですよありますよ」
「早く喋れ」
持ってきたお菓子のポテチを境界線みたいに奴との間において、床に座りなおし、カフェオレの蓋を開けた。
「話せ、じゃないのね?」
「いいから」
「はい」
睨みつけたら竦んだように返事をする。
「多分瑞帆には結論から言ったほうがいいよな」
「それから説明の方がいい」
「じゃ、結論から」
そう言うと、あぐらの上に置いていた雑誌を端に寄せて、正座に姿勢を変えて頭を床に向かって下げる。土下座?
「すみませんでした!」
意味がわからなくてぽかんとするあたし。
「……な、なに?謝られるようなことされてないんだけど」
「何を話したいかの中核なんだけど。えっと…」
ゆっくりと頭を上げながら続ける章。
「言いにくいなら無理に言わなくていいから帰れ」
「いやいやいやいや。そうじゃなくてですね」
「だったら何」
珍しくこいつ、余裕ないな。あたしの態度のせいか?
「えっと。中核を今から言います」
「早くしろ」
「っとー……」
言いにくそうにしている章にイライラしてきた。だいたいこいつがあたしに部屋にいることすらイレギュラーなのだからイライラしないわけがない。
「あの、もういいや言うわ」
再び頭を下げそうになり、
「すみません!俺、瑞帆をまだ引きずってます!こんなに時間経ってあれですけど、まだ全然バリバリ現役で好きです!」
……悪魔でも召喚するのかな?
「何言ってんの?」
これは罵倒じゃなかった。本気で何言ってるかわからない。
「いや、あのー」
顔を上げながら、姿勢を少し楽にしながら章が続けた。まあ、それはいいや。楽にしろと思う。
「えっとですね。前に一回告白したんですけど、ものの見事にスルーだったのですが、それはいいんです!いいんですよー。けど、それで諦められるかと思ったら全然無理で……」
「……今お前はなんの話をしてるんだ?」
「……その羞恥プレイはキツいでやがりますよ」
「いや、マジでわかんないんだけど」
「わかってくれよ!芸人にネタの説明させるぐらいの事態だよそれ!」
「いやだから、ちょっと説明してもらえればいいんだよ」
「んー。だから…俺が、お前に人生で2回目の告白しているわけ。言わすなブス」
「ブス?」
「すみませんここまでの心的ストレスがすごすぎて心にもないことがつい口をついて出ました一切思っておりませんめっちゃ可愛いですどストライクでタイプなんですけどって言うか顔で言ったらお前しか好きじゃないって言うか呪いっていうか推しっていうか」
「や、いい、もういいからやめて」
…嘘だ。そんなことあるわけない、と脳みそが反対側で考え始める。
やばい、影が伸びてくる。
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