"その蕾が開く鍵"-3
「ありがとーお姉ちゃん」
学校の校門を通ると、すぐに昇降口で雨宿りしている妹の雪帆を見つけて、小走りに駆け寄るとそう言葉を放ってきた。
「大丈夫?体、冷えてない?」
「大丈夫大丈夫。運動したから、温まってる」
「汗冷えてない?」
「大丈夫だってば。全く心配性が」
悪戯風に笑いながら、からかう様にそう言う。
「だって、雨降って少し冷えてきてるから」
「気にしすぎ」
「そう?ならいいけど。じゃ、帰るか」
「うん」
渡した傘をゆっくりと開いた雪帆と、並んで家路につく。
「お姉ちゃん、何かあった?」
少しだけ間を置いて、
「ん?何かって?」
「なんか、ちょっとイライラしてる?」
…相変わらず我が妹は、勘が鋭いと言うかなんと言うか。
「そ、そんな風に見える?」
「章くん?」
「……ちがうもん」
あたしは少しだけ心の中に残った強がりでそう答えるけれどきっと見透かされているのだろう。
「あったりー!ねぇねぇ、なんかあったの?」
雪帆のこれに耐えれる奴なんているのだろうか。満面の笑みであたしの顔を覗き込んでくる。
「何もないよ。たまたま帰りと、さっき一緒になっただけ」
「え?いないじゃん」
わざとらしく周囲を見渡して言う。
「あいつは買い物だって言ってたし。途中で会ったんだけど、先に一人で来た」
「なんでー!久しぶりに会いたかったのに」
今度はあからさまに拗ねてみせる。
「雪帆、あいつのこと好きだよね」
「うん。だってかっこいいし、優しいし。まだちょーっと引きずってるかな?」
「そうなんだ」
少しだけ温度が上がった様に感じられる雪帆の言葉に、あたしは受け止めるだけ。
「めちゃめちゃ引き摺ってるってわけじゃ無いけど、やっぱり、即座にってのは」
「あれ、もう1年以上前じゃ無い?」
「うーん。そうだけど。別に好きな人ができたらいいんだろうけど、今だに章くんだけだから。同級生に告白されたこともあるけど、そうじゃ無い、って感じ」
さも当たり前に言う。一年も引きずるのって、相当重症なんじゃないのだろうか。
「モテるもんね、雪帆」
「お姉ちゃんだってそうなんだよう。みんな、近寄りがたいって思ってるだけ」
「あたしはそんなことないよ。みんな、何も知らないだけ」
「……まあ、それはそうかもしれないけど。ごめん」
「ううん。全然」
と、言い放った瞬間。
そいつをまた捉えてしまった。
「…ん?あ!章くんだ!」
あたしの視線が固定されたことを察知したんだろう。
全く目ざとい妹だ。
「久しぶりー!」
そう言って、手を振りながら奴に駆け寄る雪帆。本当に何が。
「おう。雪帆じゃん。久しぶり。元気かー?」
そう言いながら駆け寄った彼女の頭をクシャクシャと撫で回す。もう全部が痛い。
「うん元気ー……ちょ、ちょっと長い!部活終わりで汗かいてるから臭いし!やめてもう!」
「ああ、ごめんごめん」
満面の笑みを顔面に反映させる奴。そんな顔するんだったら、なんで雪帆を受け入れなかったんだろう。もういっそ。影が力をつけてくる。もう、架空内臓器官で切り捨てたはずのそいつらが、どうしようもなく膨れ上がる。もう腐ってるんだよ。吐き捨ててしまえよ、自分。
「…じゃ、先に帰ってるね」
「え?お姉ちゃん!?」
あたしの膝がまた震えてきた。それだけは絶対に悟られたくなかった。いくら声が震えていても。そしてそれ以上その場にいて、自分の影に気づかれることもしたくなかった。だからあたしは、逃げることしか選ぶことができない。不甲斐ない。と思いつつも、それまで以上の倍速の、まるで競歩であたしはその場を離れる。
数多の自己否定を積み重ねてきたのに、これだけは、なぜか勝てない。攻撃力が足りない。架空内臓器官の育成パラメータ調整間違えたな。
「ちょ、っと!」
と言う雪帆の声が聞こえたけれど、止まれない。踏み出した足は、そう急には止まれない。
足元に対して、傘が意味を成さなくなる。
明日、このローファー乾くか?
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