"その蕾が開く鍵"-2


 一時間ほどして、妹から連絡があった頃に、また雨が降り始めていて、結局迎えに行くことになった。面倒だからと着替えずに机に向かって課題をこなしていたあたしは、そのまま制服をまた整えて、傘を一本多く持って玄関を出る。雲行き、明るさからしてそうすぎに止みそうではない。

 妹は同じ高校の一年なので、先ほどイライラしながら歩いてきた道を再度なぞることになる。ということは、章の家の近くをまた通ることになるのだ。またイライラしてくる。

 まさか会うわけはないのだが、毎朝見なければいけないなんの変哲も無い通学路の風景が大嫌いになりそうだ。そんなことを思うと影みたいに伸びてくる反対側の想いは見ないふりをする。

「……ちっ」

 その時、さっきしょうが曲がっていった角から、奴が出てきた。

「あれ。瑞帆みずほも買い物?」

 ジーパンにパーカーという、とてもラフな格好で何処かに行くらしい。

「なんで買い物行くのに傘余計に持ってるのよ。妹迎えに行くの」

「ああ、雪帆ゆきほ部活してんだもんな。ちょうどいいや。買い物そっちに行くから、一緒行こうぜ」

 こいつは昔からの知り合いだから、妹のことももちろん知ってる。昔は良く三人でも遊んだりしていたのだけれど、一時期からしなくなった。

「なんでよ」

「良いじゃねーか別に」

「良く無い」

 さも当たり前、あの頃と変わらないみたいな感覚で言い放つ章の態度に、またイラっとする。

「ってか、なんで制服?もう帰ってだいぶ経つだろ」

「いいでしょ別に。着替えないで課題やってたら連絡きたから、着替えないで出てきたってだけ。関係ないでしょ。どうせ学校行くんだから都合いいし」

 正論ぶつけてやる。こいつのやけに細かい軽口に付き合ってやることはない。

「…そんな怒んなくても」

「あんたが怒らせてるのよ。気付けバカ」

 言って視線をそらす。こうしてる間にもローファーの靴底には雨水が貯まるように感じる。

「なんでだよ……日常会話じゃんかこんなの」

「あんたとそういうことしてると…」

「……と?」

「いいから。ついてこないで」

 言い捨てて、あたしは歩き出した。もう振り切ってやりたい。できないけど。

「方面一緒なんだから仕方ないだろ!」

 一瞬駆け出すように私に追いついた章がいう。なんでそんなに焦るんだろう、と思う。

「ならあたしはここで立ち止まるから先に行って」

 奴に後頭部を向けて、あたしは吐き捨てる。

「……なぁ」

 それまでとは、まるで違うトーンの奴の声。まるで、意気消沈しているような。

「何?」

 突き放す。

「なんでそんなに俺のこと嫌いなの?」

「嫌い?違う。大っ嫌い」

 思い切りぶつける。けど、想いの影にジャブを喰らった感覚がする。

「なんでそんなに嫌われちゃったの?」

「あたしは知らない。自分の胸に聞いてみたら」

 どっかで聞いたセリフを脳内検索して口にする。もういい加減にして、と架空内臓器官が悲鳴をあげてる。

「知らないって…なんか理由あんだろ」

「いいから。私は雪帆迎えに行かなきゃだから、早く行って」

 目線も合わさない。普通の礼儀で言えば失礼極まりない。

 けれど、奴に礼儀なんて持たない。親しきに仲にも?親しくないし、知ったことか。本当なら、ここでこうして会話していることすらイレギュラーすぎるのだ。さっさと離れたい。

「…わかった。じゃあ、いいよ。先に行けよ。それでもいいだろ」

 さらに沈んだような声が鼓膜を震わせて、少しだけ架空内臓器官が震えるけど、その振動を認めてはいけない。

「…まあ。じゃ、さようなら」

「また辛いこというなぁ」

 それが今日の最後、になるはずだ。

 あたしは、自分を捕まえたゴキブリホイホイみたいな粘着質を引き剥がすように、なぜか震える足でその場を後にして学校へ向かった。



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