第55話 消えた過去に並ぶために

 オリジナル楽曲の通知を受けてからというもの、そらの日常は、ごくわずかにではあるが変化を始めていた。


 ボイスレッスンへもより積極的に取り組むようになり、のどのケアに関しても食べ物やマスクの着用、加湿や水分補給などと、一層気を配るようになっていた。


 そして、そんな真摯しんしな姿勢に触発されたかのように、そらを取り囲む人々もより熱心なサポートをしてくれるようになっていた。


 誰かが頑張っている姿を目にすることで、自分も頑張ってみようと努力をする。


 そんな自分の姿を見て、別の誰かがまた頑張って、それを目にした自分もまた熱心に打ち込むようになって――。


 そういったプラスの循環の最中で、そらはより高みを目指して今日も挑戦を続けていた。


「えっと……あったあった。あぁ……結構 ほこり被っちゃってるなぁ」


 新たに加湿器が追加されたそらの自室。


 壁際に置かれたDVDの並んだラックの前で、そらは目当ての品へと手を伸ばしていた。


 しばらく手にしていなかったこともあり、DVDのパッケージにうっすらと積もったちりを軽く払うと、宙へと舞い上がり、買った当初のままのパッケージが姿を現した。


「たぶん、そういうことなんだろうな……」


 どこが好きであったのか、そら自身が把握はあくしきれていないグループアイドル。


 しかし、今のそらには、どうしてそれを購入したのか、理解できる気がした。


 パッケージを開き、中身があることを確認すると、そらはそのままパソコンの前へと戻る。


 そして躊躇ちゅうちょすることなく、DVDをセッティングして、視聴を始めると、見覚えのあるライブステージの様子が画面へと映し出された。


 以前も目にした、当時のトップをひた走っていたといっても過言ではない、アイドルのライブパフォーマンス。


 そこには、顔の良さだけではなく、ダンスや、踊りながらもブレない歌声、そしてメンバー間のコミュニケーション、選曲の順序であったり、スモークやリボンといった演出に、曲の合間に挟まれるMCの時間といった、ライブを構成するすべての要素のクオリティに対する妥協だきょうなき姿勢が随所ずいしょよりにじみ出ていた。


 見る側の視点では、純粋に受け取るだけだったエンターテイメント。


 それが見せる側の視点になった途端、この上ない教材に転換され、そらの探求心をより強く刺激していく。


「――間違いない」


 過去の自分がこのDVDを購入した理由。


 それは、このグループアイドルのライブが好きだった可能性はあるのかもしれない。


 ただ、今のそらには、それ以外の理由の方が真実味を帯びて感じられていた。


「記憶はないけど、昔は私も……」


 以前の自分も、きっとこうやって、プロのパフォーマンスを勉強していたのだろう。


 もしかしたら、既にステージにも立ってたのかもしれない。


 確証こそないものの、バーチャルアイドルとしての活動を続けていく中で、所々に垣間見える、経験。


 覚えのない歌い方、レッスンへのぞむ姿勢、アイドル性を求めるマネージャーの態度。


 それらは、そらの過去を暗示する要素としては十分すぎるものであった。


「でも、今の私には、初めてのことだから……」


 会場が揺れるほどの歓声が、ディスプレイの中から響いてくる。


 それらがフェードアウトしていく様を眺めながら、そらは映像を停止させ、改めて呼吸を整える。


「緊張感も、周りの反応も、達成感も、何もわからないけど……」


 数秒の間を置いた後、そらは自分に言い聞かせるように、力強く発した。


「――頑張ろう、みんなに楽しんでもらうために」


 そう言って立ち上がったそらの瞳には、窓から差し込む日差しが反射して、力強く輝いていた。

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