第22話 プロジェクト始動

「バーチャル……アイドル?」


 鈴木すずきの発言にいち早く反応したのは、そらの母――頼子よりこであった。


 オウム返しをした辺りからも、頼子がバーチャルアイドルという存在を知らないことは明確であり、鈴木はすぐさまフォローに入る。


「バーチャルアイドルってのは、現実の人間とは違う見た目で、インターネットとかで活動してるアイドルのことを言うんですよ」


「そういうのが、あるんですか?」


 自身の知らない世界の話題に、頼子は多少戸惑いの表情を浮かべながらも、確認する。


「えぇ。簡単に言うと、アニメのキャラが芸能人になった――そんな感じで覚えておいてもらえばいいと思います」


「あぁ、そういうのがあるんですね。私、そっちにはうとくて……お恥ずかしい」


 口元を隠しながら上品に笑う頼子。


 そこへ同調するように、マネージャーの高木たかぎも会話へと参加してくる。


「私もそっちの方には詳しくないんですけど、それってノウハウがなくてもできるものなんですかね?」


 高木の言葉に、今度は立川たてかわの方が口を開いた。


「いやぁ、詳しくは知らないですけど、でもネットの番組でバーチャルアイドルと共演はしたことがあるので、連絡の方してみましょうか?」


「そうしてもらえると、こっちとしても助かりま――あっ」


 突然言葉を区切り、高木は慌てて社長へと対話相手をシフトさせる。


「すいません、社長。勝手に話を進めてしまって……あの、このままバーチャルアイドルとやらで活動をしていくとしたら、予算の方は――」


 自信のなさからか、尻すぼみになっていく高木の言葉であったが、社長は高木の顔をキッと見据え――そして、ニッと笑った。


「あぁ、私にかまわず、どんどん挑戦していけ。そらちゃんのためだっていうなら、予算も気にしなくていいぞ!」


 社長の言葉に高木は表情をほころばせ、深く頭を下げた。


「――ありがとうございます」


 そこへ、そら自身も言葉を添えるように話へと入ってくる。


「あの、いいんですか? 活動できるのは嬉しいですけど、そこまでしてもらうのは、ちょっと申し訳ないというか……」


 自分のために皆が頑張ってくれているというのは、そらも十分に理解できた。


 だが、それでもそらにとっては、過去の自分という見知らぬ人物によってもたらされた、身に覚えのない恩返しに感じられ、申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいになっていた。


 そんなそらの表に出さない苦悩を、社長はまるで、新たにできた友達を遊びに誘うかのような軽い口調で一掃いっそうする。


「そうだねぇ……それじゃあ、こうしよう。今新しく立ち上げた我が事務所の新規プロジェクト。その第一号をたちばなそらちゃん、君にやってもらいたい。どうだろうか?」


 瞬間、そらの脳裏に、ある言葉がフラッシュバックする。


 ――君は、我が事務所の新規プロジェクトの第一号だ。


 ――アイドルデビュー、おめでとう。橘そらちゃん……いや、羽白はじろ蒼空あおぞら


「……私、どこかで……あれ? でも、どこで?」


「どうかしたのかい、そらちゃん?」


 社長の声に、そらは朦朧もうろうとした記憶の中から急激に意識を引き戻す。


「いえ、ちょっと、ぼおっとしちゃって――」


「確かに、ここに来て話が急に進んじゃったからね、混乱するのも仕方ない。もっとじっくり考えたいっていうのなら、返事はその時にでも――」


 社長の提案は、そらに気を利かせてのものに違いなかった。


 ただ、そんな社長の思いとは裏腹に、そらの胸中にも迷いとは別の思いが宿っていた。


 そして、判断がつかないまま、とりあえず時間をもらおうと、そらが口を開いた時だった。


「――やります、よろしくお願いします!」


 その言葉に一番驚いたのはそら自身であった。


 用意すらしていなかった言葉がどうして出てしまったのだろうか?


 言わなければいけないような気がしたわけでもない。


 ただ、その瞬間だけ頭が真っ白になって、どこからか言葉がよみがえってきたような、不思議な感覚があったことだけは覚えている。


 複雑なそらの胸中をよそに、社長は嬉しそうにうなずいた。


「よし、わかった。それじゃあ、高木くん、早速行動開始だ!」


「はいっ! それじゃあ立川さん、共演したっていうバーチャルアイドルについて聞きたいので、デスクまで来てもらっていいですか?」


「もちろんです。よかったな、そらちゃん。頑張れよ」


「俺も、応援してるから。何でも相談してくれよな?」


 席を立ち、『とりかわ』の二人と事務所の奥へと足早に向かう高木。


「よぉし、では、私も久々に高木くんの仕事を手伝うとするか」


 大きく伸びをして、肩を回す上野うえの社長。


 そして、室内に生まれる、活気の音。


 まるでモーターが回り始めたかのように、その場に居た皆がいきいきと動き始めていた。


 その様子を半信半疑に眺めながら、そらは自らの胸に手を当てる。


 戸惑い、不安、期待。


 色々な思いを抱きながら、そらの胸は強く脈打っていた。

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