第21話 暗闇の中の光明

「顔を見せずにっていうと、風景画とかを映して声だけで――っていうのとは、違うんですよね?」


 立川たてかわはあごに手を当て、神妙な顔をしながらマネージャーの高木たかぎへと確認する。


「はい、お二人みたいに、芸能活動を行うという認識で、いい案があれば教えてもらいたいのですけど」


 そう言って高木は手帳の新たなページを開き、ペン先を出して書き込む準備を整える。


 それを確認した後、立川は相方の鈴木すずきに確認するように目配せをしつつ、自らの考えを述べた。


「それは、ちょっと難しいんじゃないですか? 動画上は顔を隠しても、有名になってくると外部から声がかかるでしょうし、それを断るとなると、活動の幅がかなり狭まるだろうし――」


 立川に続いて、鈴木も同様に口を開く。


「そうっすね。それだと、俺は長くはもたないと思います」


「だからといって、プロレスのマスクを被ってとかだと、イメージ変わっちゃいますもんね?」


 最後を引き継いだ立川の発言に、高木は渋い顔をしたままうなずく。


「えぇ、それにマスクのままだと、歌う時に100%の力を出せないと思うんですよ」


「そういうものなんすか?」


「はい、昔そらちゃんと一緒に活動してた時に知ったんですけど、口の動きがマスクだとスムーズにできないと思うので、きついかなと」


「なるほど。歌手ってなると、気をつかう部分もウチらと違うんすね」


 関心したような様子でうなずく立川。


 しかし、タレントとマネージャーによる会議はそれ以上進展することはなかった。


「すいません、そらちゃんの力になれたらって思ったんすけど――」


 申し訳なさそうに頭を下げる『とりかわ』の立川。


 その姿に、そらは手を横に振って、必死に擁護ようごをする。


「いえ、私なんかのために、一生懸命考えてくれているってだけで、十分ですから」


 そう言って笑顔を作って見せるそらであったが、その顔はとても痛々しかった。


 それは、顔に刻まれた呪いによるものなどではなく、心の底から浮き出てきた、寂しげな感情によるものであった。


 それを察してか、高木は自身にできる精いっぱいの明るい声で励ます。


「大丈夫だよ、そらちゃん。今は無理でも何かいい案が見つかるって。それまでは、立川さんが言ったみたいに、顔の部分を隠して活動をするとか、色々方法が――」


 だが、高木の発言は鈴木によって一刀両断される。


「いや、それは危険っすよ。何も考えずに行動するのは、やめた方がいいです。顔を隠したところで、素顔を見たがるやつらが絶対に現れて、ずっと粘着し続けますよ」


「確かに、鈴木の言う通りですね。長く活動していくのなら、その辺の対策を考えないことには、ずっとその問題が付きまといますよ」


 『とりかわ』二人の忠告に、高木は苦い顔をして、頭をかいた。


「そうか……畑違いってだけで、勝手が全然違うな……」


 高木のそのつぶやきを最後に、煮詰まった空気感が漂い始める。


 それを拭い去ろうとするように、あるいは張り詰めた場の空気を換気しようとするかのように、静観に務めていた社長が口を開いた。


「ちなみになんだけど、そらちゃん。君が歌いたいって思ったのは、どうしてなのか、聞いてみてもいいかい?」


 そらは、ためらう素振りを見せながらも、表情を引き締め、社長の瞳をまっすぐに見据え、答えた。


「私、昔好きだった曲があって、その動画を見てたんです」


「うんうん、それで?」


「それで、動画を探している最中に、カラオケを歌ってる動画を見かけて……」


「なるほど。そういうわけだったのか」


「はい。それで、なんていうか、私、感動しちゃったっていうか、私も同じように誰かに感動させられたらって……」


「そらちゃんがそう言うのだから、きっと、素晴らしい歌声だったんだろうね」


「はい、知ってるかわからないですけど、名前を『彼方かなたあおい』っていうんですけど、その人の歌を――」


 瞬間、爆撃でもあったかのような、太く大きな声が事務所に響いた。


「――それ! それだ!」


 その場に居たすべての者の視線が、その人物へと集まる。


 そして、当の本人――『とりかわ』の鈴木は、興奮冷めやらぬといった様子で続けた。


「そらちゃんもなればいいんですよ、バーチャルアイドル!」


 天啓てんけいでも授かったかのような鈴木の発言。


 それを受けて、そらの運命の歯車は、ゆっくりと回り始めるのだった。

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