第20話 漫才師『とりかわ』

 事務所に入ってきた二人組の男たち。


 二人ともスーツ姿であったが、ネクタイを緩めるなど若干着崩している辺り、外部の人間ではないとわかる。


 そして片や坊主頭に、片やふさふさのボンバーヘアといった対照的な髪形でありつつ、顔つきはどちらも精悍せいかんとしていて行動的な印象を受ける。


 どちらも、そらが顔を合わせたくないタイプの人間であったが、いかんせん、タイミングが悪かった。


「あっ、社長。もしかしてその子――」


 ボンバーヘアの男がいち早くそらの存在に気づき、声をかけてきた。


 その瞬間、そらは再び帽子を被ろうか逡巡しゅんじゅんする。


 だが、そらが答えを見つけるより早く、男たちが口を開いた。


「やっぱり! そらちゃんだよな?」


「おい、いきなり声かけても困るだろうが」


 前のめりになって、親しげに話しかけてくるボンバーヘアの男。


 それを制しながら近づいてくる、坊主頭の男。


 そらは、その二人の顔に見覚えがあった。


「確か『とりかわ』……さん?」


 自信なさげにたずねたそらであったが、二人は途端に表情を輝かせる。


「覚えていてくれんだ⁉」


「いやぁ、嬉しいな、そらちゃんに覚えていてもらえるなんて」


 盛り上がる二人に、そらは顔を隠すことも忘れ、気まずそうに胸の内をさらす。


「あの、すいません……前にテレビに出てたのを、何度か……」


 お笑いコンビ『とりかわ』。


 独特の世界観を持つ漫才が人気の若手芸人であり、最近徐々にテレビでの活動も増えてきている、プロダクションASHの現在のかせがしらである。


 瞬間、二人はライトが消えたかのように、わかりやすく落胆する。


「あっ、そうか。でもなぁ……」


「俺たちも、それだけ有名になれたって考えたら……」


 気丈に振る舞う二人であったが、その様子は見ていて切ないものがあった。


 そんな空気を察してか、マネージャーの高木たかぎが声を上げる。


「とりあえず、お二人とも自己紹介をしておきましょうよ。その方がそらちゃんとの距離も幾分縮むでしょうし」


 高木の提案に、社長もにっこりとうなずく。


「そうだね。小さい事務所だから、顔を合わせる機会も多いだろうし、頼むよ」


「はい、それでは、失礼します」


 社長の言葉を受けて『とりかわ』の二人は上野うえの社長らの座るソファの脇を通り、テーブルの前に立つ。


 そして、そらから見て右側――ボンバーヘッドの男が口を開いた。


「どうも『とりかわ』のツッコミ担当、鈴木すずきです」


 次いで、左側――坊主頭の男が口を開く。


「同じく、つっこまれ担当、立川たてかわです」


「うん、そこは素直にボケでいいんじゃないですかね?」


「それで今日はね、僕たちの名前を覚えてもらおうと思うんですけど」


「髪の毛が爆発してる方が鈴木で――」


「頭が五分刈りの方が立川ですから」


「それ坊主でよくないですか? 髪ちょっとでも伸びたら面倒でしょ?」


「その時はほら、毎日刈るから――」


「刈る⁉ いや、間違ってはないけど――」


 流れるような言葉回しで繰り広げられる『とりかわ』の漫才。


 時間にして5分にも満たない簡易的なものであったが、そこには人気に至るだけの理由が詰まっていた。


「ありがとうございました」


 深く頭を下げる『とりかわ』の二人を、温かな拍手が包む。


 そして、頭が上がると同時に社長が口を開く。


「そういうわけだから、そらちゃんも気軽に話してくれていいから。二人とも見た目ほど怖い人じゃないから」


「社長、そういう言い方はやめてもらえます⁉」


「ははっ、悪い悪い。君たちを見ると、ついイジりたくなってしまってね」


 社長の口から軽い笑い声が上がる。


 つられて、そらや頼子よりこも、笑い声こそ小さいものの、和やかな空気が漂っていた。


 そこへ、高木が思い出したように割って入った。


「そういえば『とりかわ』の二人って、インターネットで動画を公開してましたよね?」


「んっ? はい、してますけど……」


 立川の回答に、高木はさらに続けた。


「あの、そらちゃんが顔を見せずに活動できる方法ってありますかね?」

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