第19話 作戦会議

「なるほど……それで、顔を出さずに活動する方法を探していると――」


 粗方あらかた話を聞き終えると、社長は腕を組んで考え込む。


 しかし妙案は思い浮かばなかったらしく、改めて頼子よりこに確認する。


「テレビ方面だったら割と顔は利くんだがな……でも、そういう問題じゃあ、ないんですよね?」


「はい、本当に申し訳ない話なんですが――」


 申し訳なさそうに頭を下げる頼子であったが、社長は首を横に振り、穏やかに笑ってみせた。


「いえいえ、この業界ってのは、古臭いと思うかもしれませんが、義理人情で成り立ってますから。それに――」


 そこまで言って、社長は目線をそらへと向ける。


「また、こうしてそらちゃんの顔を見ることができるなら、大した問題じゃないですよ……」


 まるで、自らの孫娘を見るかのように社長は目を細める。


 その視線を感じてか、そらはわずかに肩に力を入れるが、すぐに脱力させた。


 そして、社長は思い出話を語るように、そらへと話しかけた。


「そらちゃん。もしよかったら、その顔をもう一度よく見せてくれないかい? もちろん、誰かに言ったりしないし、させたりもしないから――」


 社長の言葉に、そらは数秒ほど目を伏せた後、ゆっくりと被っていた帽子を外した。


 それは、今の状況が到底逃げられるものではないからというわけではなく、社長の雰囲気に、ほんのわずかではあるが気を許してもよいと思えたからであった。


 そらの黒髪が揺れ、愛らしい顔と同時にいびつな傷跡があらわになる。


 瞬間、無意識にそらは目をそらし、何もない壁へと視線を向ける。


「私は気にはしないが……その傷は、確かに目立つだろうなぁ。高木たかぎくんはどう思う?」


 社長にたずねられ、高木は手帳に記す手を止め、顔を上げた。


「そうですね。このままの容姿でというのは私も厳しいと思います。メークだとかドーランで覆っても目立ってしまいそうですし……」


「そうか。かといってマスクをすっぽり被ってというのも、歌を主軸に活動していくには不自然だろうし――」


「特殊メイクという手もありますけど、さすがに現実的ではないですよね」


「う~む……」


 そらの目の前で繰り広げられる、大人たちの真剣な論議。


 自分の顔を見て、まゆ一つ動かすことなく、逆に真剣に悩み、考えていく上野うえの社長と高木マネージャーの姿に、そらの二人に対する警戒心はすっかり失われていた。


「ところで、そらちゃんにとって活動の場はどこにしたいとか、希望はあるのかな?」


「――はい?」


 不意に投げかけられた社長からの問いかけに、そらは目を丸くする。


 そんなそらのリアクションに、社長は言葉を改め、再度尋ねる。


「いや、テレビで歌いたいとか、ライブをしてみたいとか、あるいは声優さんっていうんだっけ? そっちの方面でやっていきたいとか――」


 様々な選択肢を示され、そこでそらは自分の目指そうとしている先のビジョンがひどくあいまいであったことに気いた。


 できることなら、他の動画投稿者や配信者と同じことがしたい――。


 それが、そらにとっての正直な気持ちだったのだが、このまま口に出してよいものなのかと、気がとがめ、言いよどむ。


「えっと、私がやりたいのは……」


 何かに助けを求めるように、そらは視線を上向ける。


 そこにあったのは、真摯な瞳でそらを見つめる、社長と高木の姿だった。


 二人の真っすぐな視線に、そらは意を決して、素直な胸の内を告げる。


「あの、私……動画を、インターネットで、歌を……歌いたいんです」


 残った勇気を絞り出すように発せられたそらの言葉に、場の空気が一時いっときではあるが止まる。


 ――やっぱり、言わなければよかったのだろうか。


 そんな思いをそらが抱き、発言を撤回しようとした瞬間のことだった。


「ちわーっす」


「おつかれーっす」


 事務所の扉が開かれ、二人組の男性が中へと入ってきたのだった。

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