第17話 一方通行の再会

 事務所への電話によるアポイトメントは、とどこおりなく受け入れられ、連絡を入れてから3日も経たないうちに、そらは頼子よりこと共に、芸能事務所――『プロダクションASH』の扉の前へと立っていた。


 そらの格好は、白い襟付えりつきのシャツにベージュのフレアスカート、そこへ上着として薄桃色のケープといった、上品なコーディネートであったが、頭にはいつも通りキャップ帽が深く被られていて、そのアンバランスさがアクセントとなっている。


 一方の頼子は、完全に外出用のフォーマルを意識したスーツ姿で、化粧も普段に比べ入念にされていて、準備万端といった様子だ。


「大丈夫、そらちゃん?」


「うん……たぶん」


 無表情を保とうとするそらであったが、その挙動は所々がぎこちなく、緊張をしていることがまるわかりであった。


 だが、頼子はそれを指摘することなく、先陣を切ってドア横にあるインターホンを押した。


「失礼します。お電話を差し上げたたちばなですけども――」


『あっ、橘さんですか。今出ますので、少々お待ちください――』


 若い男性の声で応答に、そらの表情がこわばる。


 しかし、だからといって逃げようもない。


 そして、ついに心の準備の整わないまま、事務所の扉は威勢よく開かれた。


「お待たせしました、こちらへどうぞ――」


 ハキハキとした、朗らかな声と共に姿を現したのは、紺色のスーツを着た30代と思われる男性だった。


 髪は短く切りそろえられているが、髪の毛にクセがあるのか、それとも寸前まで寝ていたのか、独特な形状をしている。


 決して顔も悪いというわけではない。


 ただ、彼のかもす雰囲気は、そらの得意とするものではなかった。


「あっ、そらちゃんも。さぁ、こっちへ――」


 目が合うなり、男性はニカッと、まるで少年みたいに歯を見せて笑ってみせる。


 だが、そらからすれば、見知らぬ男性からいきなり馴れ馴れしく声をかけられたに過ぎない。


 どんどん押してくるような男性の空気に、そらは反射的に、半歩ほど引いてしまっていた。


「え、えっと……」


「あっ! すいません、つい――」


 そらのリアクションに男性は慌ててその場に居直ると、背筋を伸ばした。


「申し遅れました。私、マネージャーを務めさせていただいております、高木たかぎと申します」


 深々と頭を下げると、高木は胸元から名刺を取り出して、そらへと手渡す。


「ど、どうも……」


 受け取った名刺は白地に会社名や役職、フルネーム、連絡先等が書かれた簡素なものであった。


 名刺を目にしたそらは、どこか懐かしさを覚えていた。


 しかし、それが何なのかが理解できず、モヤモヤとした感情が生じて眉間みけんにわずかにしわが寄る。


 そんなそらの心境を察してか、頼子が二人のやり取りに割ってい入った。


「それじゃあ、せっかく開けてくれたみたいだし、入りましょうか」


「あっ、そらちゃんのお母さん、せっかくいらして頂いたのに――」


「いえいえ、高木さんの気持ちもわかりますから……」


「恐れ入ります。では、こちらにどうぞ」


 高木に促され、頼子は事務所内に足を踏み入れる。


 一方そらはというと、受け取った名刺に、いまだに視線がくぎ付けにされていた。


「高木……裕之ひろゆきさん……」


 失われた記憶のピースを探すがごとく、そらは名刺の名前をつぶやいてみる。


 しかし、残念なことに、そらが求めている何かは手に入ることはなかった。


「そらちゃんも、中にどうぞ?」


「あっ、すいませんっ!」


 奥から聞こえてきた高木マネージャーの声に、そらは慌ててドアをくぐった。

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