第13話 記憶の外の歌声

 ――これが、私の声?


 自らの口から発せられた歌声に、そらは驚いていた。


 しかし、混乱しながらもそらは音を外すことなく、音の群れに身を任せるように歌声を添えていく。


 最後にあるのは、学生時代に友人と一緒にカラオケボックスに行ったときの記憶。


 その時でさえ、今出ているような、伸びやかで張りのある声が出たことはなかった。


 なぜ、そんな声が自分に出せているのか、そらにもわからない。


 身に覚えのない戸惑いと、しっかりと歌えている喜びと、ふたつの思いを抱きながらも、そらは歌い続けた。


 アウトロがゆっくりとフェードアウトしていく。


 そして完全に音が途絶えたタイミングで、そらは録音を切った。


 そこでようやく、そらは安堵の息を吐く。


 録音ソフトの使い方に慣れていないこともあったが、それ以上に歌うことへのプレッシャーが大きくのしかかっていたのだと、改めてそらは実感する。


「やば……すっごい緊張した。それになんだかお腹も痛いし」


 数秒前の自分を思い返し、苦笑いを浮かべたところで、そらは自らの腹部を押さえた。


 普段使っていなかった筋肉を使っていたのが、身を通じてわかる。


 そこで、そらの頭には新たな疑問が浮かんだ。


「ていうか私、こんな歌い方してたっけ?」


 過去の記憶を掘り起こしてみるそらだったが、適合するようなできごとはない。


 モヤモヤとした感情が胸中で渦巻き始めたが、そらはすぐに頭からその考えを排除した。


「まぁ、いいや。困ることでもないし――」


 考えすぎて気をむのは、何もいいことがない。


 それよりも今は、自身のカラオケ動画に対しての反応を見てみたいというのが、そらの正直な気持ちであった。


 サイトへの動画のアップロード作業は思った以上にスムーズに済んだ。


 その簡素さに、何か忘れていることはないか、間違ったことはしてしまっていないか、といった不安さえ覚える。


 だが、そんなそらの心配は杞憂きゆうに終わった。


 夜空に浮かぶ星の数ほどある動画のその中に、自分の作った動画が並んでいるという事実。


 それを目の当たりにした瞬間、そらは感動とはまた違う、一種の達成感のようなものを覚えていた。


 ――動画を視聴した人は何を思うのだろう。


 ――どんなコメントがつけられるのだろう。


 ――もしかしたら、一気に有名になってしまったりするのだろうか。


 次々とこみあげてくる期待にあふれた思い。


 すぐにでも確認したいという気持ちを必死に抑えて、そらは立ち上がった。


「そうだよね、今はとにかく練習して上手くならないと」


 ――動画を上げるからには、今回の一度きりということにはしたくはない。


 そんな思いから、そらは身を震わせ、新たにカラオケ用の音源を流す。


 部屋に響くのは、最近流行りのアイドルグループの楽曲。


 恋する女の子の可愛らしさを前面に押し出した、女子に人気の一曲だった。


 そらは音程を一音一音確かめるように歌い進めていく。


 次第に熱も入っていき、声も無意識に大きくなっていく。


 防音など考慮されていない一般の住宅において、音漏れが起こるのは当然のことであった。


 そして、そらの歌声はドアを越した向こう側――偶然通りかかった母、頼子よりこの耳にも当然入る。


「そらちゃん……」


 そうつぶやくと、頼子は懐かしむような柔和な表情を浮かべ、しかしすぐに、どこか寂しそうな瞳で、ドアの向こうにいる我が娘を見つめるのだった。

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