第11話 自分の進むべき道

 彼方かなたあおいの生放送は、人気のゲームをプレイしているということもあって、多くの視聴者が集まっていた。


『あっ、ちょっと待って! 待ってって! 嘘でしょぉぉぉっ!』


 突然死角から現れた敵の部隊に、あおいの操作するキャラは銃口を向けるも、ほぼ一方的に撃たれ、ダウンしてしまう。


『あー、やっぱり突然だとエイムがゴミになるね』


 ゲーム内の画面が、戦闘フィールドから準備中の画面へと切り替わった。


『くやしー! 相手、絶対私のこと狙ってたよね!』


 悔しさと不服さを感じさせる声色と共に、あおいはすねたような表情を浮かべる。


 ――それが勝負ってものだから。


 ――勝てばいいのだ。でも、初心者にはちとキツイか。


 ――相手が悪かったよ。ほぼ全弾命中だったし。


 ――あおいちゃんの叫び声いただきました。


 あおいの声に反応して、視聴者たちの書き込んだコメントが滝のように流れていく。


 そらは、視聴こそしていたものの、コメントはせずに、その一連の流れを眺め、顔を緩めていた。


 そら自身、自分から輪の中心に入っていってはしゃぐようなタイプではない。


 だが、それを不満と思うことはなく、まるで祭りの会場にいるかのような、明るい空気感に浸っていた。


『そりゃあ、勝てないのは悔しいけどさ、こうしてみんなでワイワイ騒ぎながらやるのが一番楽しいから――』


 不意にあおいの口から語られた言葉に、そらはハッとする。


 そして自らの胸に手を当て、その言葉をしっかりとなじませ、実感する。


「そっか。そういえば私って、ずっと一人だったんだ……」


 そらがゆっくりと顔を持ち上げると、窓の外には清々しい青空がどこまでも伸びていた。


「私も、この人みたいにしたら、友達が……ううん、仲間が、できるかな?」


 その言葉にこたえる声はない。


 しかし、そらの胸の内には、小さくではあるが希望の灯火ともしびが宿っていた。


『よーし、それじゃあ最後にちょっとだけ、歌っちゃおうかな。何かリクエストはある?』


 パソコンから聞こえてきた『歌』という単語に、そらの意識は放送へと一気に引き戻される。


 ――いったいどんな歌を歌ってくれるのだろう?


 そんな期待に、ほんの少し胸を高鳴らせて、そらはその場で座り直した。


『おっけー。音源の方、ちょっと難しいからアカペラになるけど、ごめんね?』


 一言そう前置きして、あおいは目を閉じる。


 BGMが止まり、あおいの放つ雰囲気が変わった。


 視聴者たちのコメントは絶えず流れ続けていて、画面自体にこれといった変化は見られない。


 しかしながら、根拠こそないものの、そらには場の空気が変わったのだと確信できた。


『それでは、聞いてください――』


 一拍の間をおいて始まる、あおいのステージ。


 話し声とはまるで違う、あおいの澄み渡った歌声に、視聴者の歓声がコメントとなって流れていく。


「あっ、この曲……」


 それは、そらにも聞き覚えのある、アニメの主題歌だった。


 予想外の選曲に、どよめく観衆のコメント。


 それでもすぐに順応し、皆が一体と化していく。


 なつかしさと、心をくすぐる歌声にそらは聞き入る。


 そこにあったのは、もはやカラオケなどというものではなかった。


 少なくともそらにとって、それは立派なライブステージであり、求めていた世界であった。


 一曲という短い時間ということもあり、あおいのライブはあっという間に終わりを迎えた。


『みんな、ありがとう。それじゃあ、またね~っ!』


 歌を終えて、屈託のない笑みを浮かべるあおい。


 そこにいたのは先ほどまでの歌姫のような彼女ではなく、皆の中心で笑う等身大の彼女だった。


 その姿を眺めながら、そらの口から無意識に言葉が漏れる。


「私も、歌ってみよう……かな?」


 自分に必要なもの、求めていたもの、それらを改めて実感したそらは、小さな一歩を踏み出そうとしていた。

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