第10話 彼方あおいの在り方

 動画サイト上でのやり取りは、たちばなそらにとって、独特なものであり、また新鮮でもあった。


 そら自身、そういった経験がまったくなかったというわけではない。


 SNSで友人たちとやり取りを交わしたこともあったし、使い方もわかっている。


 ただ、そらにとってSNSという存在は、一方的なやり取り――電子メールや手紙で行われる言葉の往来の延長にしか感じられなかった。


 送られてくるメッセージに義務的にリアクションを返し、自分の番になったら、同様に相手にも同じことを求める。


 ひたすら行われる同調の強要。


 それが、インターネットをかいして行われるやり取りの姿なのだと、そらは思っていたのだ。


 そんな考えを一転させたのは、とある生放送配信をアーカイブとして残した動画を視聴した時だった。


 まず、流れていくコメントの速さに、圧倒される。


 歌っている時と声が違う――そんな、そらの抱いた放送の第一印象すら、軽く上書きしていく驚き。


 そんな、そらの感情を置き去りにして一斉に流れていく、視聴者たちの声。


 そして、それらに対して配信者『彼方かなたあおい』が適当なコメントを取り上げ、話を盛り上げていく。


『そうそう、ようやく買ったの。FPSっての一度やってみたいと思ってて――』


 ――あおいちゃん、アクション苦手だから心配だわ。


 ――むしろ、ぐだぐだになって発狂する姿も見てみたい。


 ――とりあえず、知り合いの上手い子と一緒にやって、感覚つかんだ方がいい。


 ――FPSもそうだけど、指示厨しじちゅうくからなぁ……。


 皆が好き勝手コメントをして、それをスルーされることを甘受する世界。


 それだけではない。


 一度に集まる視聴者の声の持つ熱量が、声と文字という異なる媒体ばいたいのやり取りでありながらも、すぐそこで会話をしているかのような臨場感を与えていた。


 それはラジオ番組のような距離感とはまるで別物で、かといってアイドルの握手会のような距離感とも違っていて、そらは自分の頭の中にある最も近しい例えをなんとか絞り出そうと試みる。


 そして、ようやく出てきた単語が――。


「学校の、アイドル……かな?」


 周りに集まる友人、後輩たちと楽しそうに話をしながら、時間を共有するという他愛なくも貴重な状態。


 厳密には違うかもしれない例えではあったが、今のそらにはそれ以上に近しい状況を想像することができなかった。


『あっ、登録の方してくれたんだ、ありがと~っ!』


 放送の終盤しゅうばん、あおいの口から感謝の言葉が告げられる。


「登録? ……あっ、この人の放送、フォローできるんだっけ」


 今まで、動画サイトでは気まぐれに有名人や、音楽PVを見たりする程度だったそらにとって、特定の人物や放送を追いかけるといった行為は、今まで考えたことのないことであった。


「そっか……でも、せっかくだし――」


 ゲームやアニメといったカルチャーにうとかったそらであったが、動画から発せられる楽し気な雰囲気に背中を押されて、登録のボタンを押した。


「ま、お金を取られるわけじゃないから」


 そう自分に言い訳をして、そらは『彼方あおい』のページを閲覧えつらんする。


 そこには、そらが思っていた以上に多くの動画が、所狭ところせましと敷き詰められていた。


 ゲーム、雑談、歌に、他のバーチャルアイドルとの企画物動画。


 そして、その動画のいずれもが、あおいの喜怒哀楽の表情で彩られていた。


 彼方あおいがデビューしてから積み上げてきた二年間。


 その軌跡に、そらは息を呑んだ。


「すご……」


 思わず出た自身の声に自分で驚きながらも、そらは感心する。


 バーチャルアイドルという業界に詳しいわけではなかったが、それでも楽に続けられるようなものではないということは、感覚的に理解できた。


 同時に、そらは『彼方あおい』という存在により一層強く興味を抱く。


「どうして、ここまでできるんだろう……」


 仕事だからと言えばそれまでだが、そらには理由はそれだけではないと思えた。


「ううん、そんなことより、もっと色んな動画を見ないと――」


 彼女のことを知りたいという純粋な興味に突き動かされ、そらはバーチャルアイドルという扉の内側へと足を踏み入れたのだった。

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