第8話 埋もれていた思い出

 惰性だせいと義務感だけで動き続ける日常に押しつぶされそうになりながらも、そらは今日もパソコンに向かっていた。


 マウスの隣にはお茶の入ったマグカップ。


 間食用の菓子類はなく、右手でマウスを握りながらも、手持 無沙汰ぶさたな左手は物寂しそうに遊んでいる。


 それは、熱中できるようなことが見つかったから、というわけではない。


 ただ緩慢に、まるでテレビのチャンネルをザッピングするかのように、インターネットの海を漂い続けていただけだった。


 マウスをクリックして、画面をスクロールさせ、そしてまた別のページへ。


 時折、マグカップを手に取り、のどを潤しながら。


 ニュースサイトやブログ、通販サイトの品ぞろえなどを、ぼんやりと眺めていくこと数十分。


 不意にそらの手の動きが止まった。


「あ、そういえば……あの曲、好きだったっけ……」


 偶然見つけた、青春時代に好きだったアーティストのグッズが販売されているページ。


 久しく聞いてなかったこともあり、そらは動画サイトで好きだった曲を聴いてみようと思い立ち、動画配信サイトのURLを開いた。


 サイトのトップページには、今までの視聴履歴から判断された、アーティストの楽曲であったり芸能人のプライベート配信などといった、おすすめ動画のサムネイルが表示されていた。


 しかし、そこにそらの探しているアーティストの動画はない。


「えっと、曲名は確か――」


 好きだった曲のタイトルをなんとか思い出しながら、そらはたどたどしい手つきで検索バーに入力を進めていく。


「あった、あった。なつかしー」


 ずらりと並んだ懐かしのタイトルに感慨かんがいを覚えながら、そらはその一番上に位置する動画を選択する。


 懐かしい前奏。


 繰り返し聞いていた当時の思い出を、うっすらと思い返しながら、そらはわずかに表情を和らげる。


 聞き慣れた歌い出しに、自然と心が反応する。


「……うん……うんっ!」


 耳に流れ込んでくる音楽に引き起こされるように、そらは心の奥から感情というものがわき上がってくるのを感じていた。


 音楽が奏でられた5分という時間はあっという間に過ぎ去った。


「……よかった」


 そらの口から、震えた声でその一言が告げられる。


 それは楽曲に対しての評価ではない。


 自分にまだ、楽しいという感情を、感動を覚えられるのだという事実に対して、そら自身が感極まったがゆえ出た言葉だった。


「じゃあ、次はこれを――」


 生まれた感動が冷め切らないうちに、そらは次の動画を選択する。


 選ばれたのは、先ほどと同じ楽曲――しかし、まったく同じものというわけではない。


 音楽アルバムに収録されている、アレンジバージョンのものだ。


 ついさっき聞いたものとは印象がガラリと変わるものの、それでもメロディラインは原曲の雰囲気が確かに残る、まさに絶妙なアレンジと呼ぶにふさわしい一曲だ。


「やっぱり、元の曲がいいからかな?」


 いつになく上機嫌に、そらはひとりつぶやく。


 まるで、失われた『好き』をかき集めるように、そらは楽曲のラインナップをめぐっていく。


 そして、数十分後――用意したお茶がなくなろうかという頃合いで、そらはある動画に出会った。


「あっ、間違った――」


 それは、プロのアーティストが歌っているものではなく、アマチュアがカラオケ音源を用いて自身の歌声を披露ひろうしていた動画であった。


「でも、まぁ一曲くらいなら……」


 普段のそらであれば、そのまま元のページへ戻るところであったが、気分が高揚していたこともあって、試しに視聴をしてみることにした。


 歌っているのは、アニメで出てくるような可愛らしい女の子のデザインをしたキャラクターで、世間一般ではバーチャルアイドルと呼ばれる存在だった。

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