第5話 画面の中の偶像
画面の中のアイドルたちは、ステージを駆け回りながらも、持ち歌を歌い、踊り、観客を盛り上げていた。
リーダー格のアイドルが観衆を
その場にいる皆が、ライブというものに酔いしれ、ノリと勢いと感情をすべて解き放ち、日常では到底感じられないような熱量を生み出しているのが
また、衣装においても、ある曲ではフリルのついた可愛らしい格好であったかと思えば、次の曲では露出の高いタイトなものであったりと、まるでファッションショーのような華やかさがあった。
ただ、そらにとってそれらの演出は、自らの心の隙間を埋めるには、十分とは呼べないものであった。
好きな人が見たら、きっと好きなのだろう――。
それが、現在のそらが映像を視聴して、最初に抱いた感想だった。
「ほんと、どうしてこんなの買ったんだろ……」
ライブの
そしてゆっくりと立ち上がると、重い足取りでベッドまで歩みを進め、クッションを抱きながらベッドへと倒れこんだ。
スプリングに背中を支えられながら、ごろんと寝返りを打つと、無表情の天井と目が合う。
それが無性に腹が立って、そらは胸中のクッションをより一層強く抱きしめながら、荒げた声を上げた。
「あぁっ、もうっ! ワケわかんないっ!」
母親からは生活の方は心配しなくていいから、ゆっくり休んでいていいと言われていた。
それは可愛い一人娘が一命を取り留め、自分たちのもとへと帰ってきてくれたことからくる本心に相違ない。
ただ、そう言われていたとしても、一日の多くを自宅に閉じこもる生活というのは、そらにとって過大なストレスだった。
この顔の傷さえなければ――。
あるいは、失われた記憶が断片であっても自分に残っていれば――。
もしくは、あのDVDなんて部屋に置いてなかったら――。
「こんなに、苦しんだりすることなんて、なかったのに……」
弱弱しく言葉を漏らし、そらは横向きに寝直すと、目を潤ませる。
普段であれば気にしないような、小さな違和感。
それが、ストレスによって切迫された現在のそらにとっては、見知らぬ人物にいきなり暴言を吐かれたような苦痛かのように感じられていた。
そらが口を閉じると同時に、ちぐはぐが溢れたこの部屋へ一瞬の静寂が訪れる。
しかし、一瞬後にそらの耳は、室内に生まれた『音』を過敏に感じ取っていた。
パソコンにつながれたイヤホンから漏れ出てくる、ライブDVDのタイトル画面で流れていた軽快なミュージック。
そらは、それらの音から逃げるように背中をわずかに丸め、そして目を閉じてベッドの中へと意識を沈めるのだった。
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