第4話 自分の知らない自分
悩んでいたといっても、映画やドラマなどで描かれるような、失った記憶に対する苦悩などといったものではない。
それに関しても、流行の
むしろ、記憶障害よりも、落ち切った筋力を取り戻すためのリハビリの方がずっと大変であったくらいだ。
では、一体どんなことについて悩んでいるのかというと、自身の抱く
そらの部屋は、事故以前と何ら変わらない状態で保存されていた。
そのため、病院から帰宅して自室に戻った時も、そらは違和を感じることなく住まうことができた。
白壁とフローリングの床からなる、余分なものが見当たらない――端的に言い表すのであれば、整然としたの一言に尽きる部屋。
置かれているのもベッドの他には荷物置き場となりつつある机とパソコンの乗った小型の白テーブル、そしてシンプルなラックとクローゼット。
他にはもこもことしたラグとベッドの上には犬や猫を模したぬいぐるみがクッションと共に置かれ、さりげない可愛らしさを演出している。
そんな場所に戻ってきたなら、何の戸惑いもなく生活が送れるはずだった。
自分の好みで包まれた、安心できる場所。
そのはずなのに、そらの置かれた状況は、そら自身へと絶え間なくプレッシャーを与え続け、押しつぶそうとしていたのだ。
「はぁ……」
キッチンから戻るなり、そらはため息を漏らしながらも、ベッドからクッションを手に取り、いつもの定位置――白テーブルの前に陣取った。
そして、クッションを太ももと両腕ではさみ込むように抱きしめながら、パソコンのディスプレイに目を向ける。
映っているのは数年前に話題となった邦画のタイトル画面。
そらの好きな映画ではあるのだが、それでも何度も見返しているとさすがに飽きがくる。
本来であれば、新たに気になる作品を買ってくるなり、レンタルするなりすればいいのだろうが、外出を極端に嫌うそらにはそれができなかった。
インターネット上で映画が見放題というサービスがあることも知らないわけではなかったが、収入に不安の残る現在のそらにとって、そこにお金をつぎ込む気には到底なれなかった。
何かしなければいけないことはわかっていた。
しかし、そらの弱り切った心は、顔に刻まれた呪いによって、その決意すら容易に退けてしまう。
「次は……何にしよう」
ソフトを停止させ、DVDを元々入っていたパッケージへと仕舞いながら、そらはつぶやく。
「テキトーなのでいっか」
無気力な自問自答を終えると、そらはパッケージを仕舞うために、四つん這いのままラックまで移動し、戸を開けた。
すると、きれいに整列したDVDたちが姿を現す。
そして無意識に流れるそらの視線。
それがとある場所に向けられた瞬間、そらの眉間にわずかにしわが入る。
そして何かを考えること数秒、そらは観念した様子で息を吐いた。
「はぁ……目についちゃったし、仕方ないか」
なかば諦め気味に手に取ったのは、数年前に一世を
実のところ、そらはこのアイドルの名前は知っていたが、好きだったという記憶がまるでない。
記憶のない時期の自分が流行に押されるまま買ってしまったのか、それともファンになるような出来事があったのか。
好きだという記憶がないため、目についても見て見ぬふりをして避けてきたそらだが、退屈には代えられなかった。
「まぁ、つまらなかったら、もう見なきゃいいだけだし――」
誰にとなくそう言い訳をして、そらはそのDVDを再生することにした。
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