ラブコメ主人公に興味はあるかしら?

柚乃原 暦

第1話

「ごきげんよう、吉川彰彦くん。今日は私のために時間を取ってくれてありがとう」


夕焼け色に染まる放課後の教室。そこには、俺と彼女の2人だけ。

先程まで聞こえていた運動部の声も聞こえなくなり、辺りは静まり返っていた。

もうとっくに下校時刻は過ぎてしまっている。

早く帰りたいという気持ちは山々なのだが、俺を呼び出したのが目の前にいる相手となれば、帰るなんて真似は出来ない。


「えっと……古屋敷琴葉…様?って呼べばいいのか?」

「琴葉でいいわよ」

古屋敷は左手を口元に軽く当て『クスッ』と上品に笑った。


彼女の名は古屋敷琴葉。

彼女は古屋敷財閥の1人娘で、正真正銘のお嬢様である。

そして、この私立愛川学園のスクールカーストのトップに君臨している女王であり、『彼女に眼を付けられたら最後、この学校での人権は無くなる』とまで言われている、恐ろしい人物なのだ。

俺としてはあんまり関わりたくない部類の人間でもある。


それに比べて俺、吉川彰彦はスクールカーストの下の下。

学校に行き、授業を受け、終われば帰るだけの生活を繰り返し、友人関係は一切持たないぼっち野郎だ。

最後にクラスメイトと話したのだって、いつだったか覚えちゃいない。


そんな俺を呼び出したということは、何かしら理由があるのだろう。

例えば、古屋敷にとって気に食わないことを俺がした、とか。

だが、俺は普段から誰とも関わろうとしてこなかったし、古屋敷と話したのも今日が初めてだ。

もし眼を付けられているのであれば、他の奴がやらかしたことを、俺がやったことだと誤解しているとしか思えない。

さて、どうやって誤解を解くか。


……待てよ。そもそも、誤解なんて解けるのか?

相手はあの古屋敷だ。何の根拠や確証もなしに俺を呼び出すはずがない。

仮に誤解であったとしても、俺のようなぼっち野郎の話に耳を傾けるだろうか。


傾けるはずがない。

あいつは絶対に人の話を聞かないタイプの顔をしているからな。

見ただけで察しがつく。


ということはあれか。

今の俺はとんでもなくピンチな状況名のではないか?


落ち着け、吉川彰彦。

そうだ、ここは冷静に考えよう。

『彼女に眼を付けられたら最後、この学校での人権は無くなる』というのは噂でしかないが、恐らくいじめの類を指すに違いない。

つまり、俺は明日からいじめのターゲットになるということだ。


そうか、わかったぞ。きっとこれから俺は、全校からいじめを受けることになるのだ。

学校に行けば黒板消しが頭部を襲い、机には油性ペンで『死ね』『消えろ』『ゴミ』『陰キャ野郎』などと書かれ、教科書は水に浸されボロボロ、上履きは窓の外へ放り投げられ……。

そんな学校生活が待っているのだ。そうに違いない。


なにこれ。

完全に詰みじゃないですか?

チェックメイト過ぎませんか?

人生終了のお知らせですか?


ああ、神様。

最後に、最後に一度だけでいい。

俺もまともな青春がしたかったです。

アニメやラノベのように女の子に囲まれて、キャッキャウフフ。そんな華やかな青春をーーー。


「では、そろそろ本題に移ろうかしr」

「煮るなり焼くなり好きにしろぉおおおおおおおおおおお!!」


何を血迷ったか。いや、もしかしたら自己防衛本能が働いたのかもしれない。

俺は昼休みに古屋敷から直接受け取った手紙を握りしめながら、全力で叫んだ。

すると、そんな俺に古屋敷は接近し、口元を人差し指で抑える。


「ーーーっ!!」

「ダメよ。人が話している時は、しっかり聞かないと」


俺は後ろへ素早く後退して、古屋敷から距離を取る。


「な、なに触って!!」

「あら。勝手に触ってしまったことは謝罪するわ。別に私は、あなたに今すぐ何かをしようとここにいるわけではないの。だからそんなに怖がらなくてもいいわよ」

「……でも、俺を呼び出したってことは、琴葉は俺を煮たり焼いたりしにきたのでは」

「あなたは私に食べられたいのかしら?確かに人肉は豚肉に似た味がして美味しいと聞くわ。でも殺人は犯罪なのよ。例えこの私であってもね」


古屋敷は明るく微笑んだ。

だがその微笑みは、今の俺からしたら、ただの恐怖でしかない。


「じゃあ改めて」


古屋敷は『ゴホンッ』と咳ばらいをする。


「吉川彰彦くん。あなたにお願いがあるの」

「お願い…?」

「そう、お願い」


突然、真剣な顔つきになった古屋敷に、俺は身構える。


お願いというのだから、俺に何かしようとしているわけではないのかもしれない。

それにあんな真剣な顔。別に俺で遊ぼうとしているわけでもないのだろう。

だが、スクールカーストのトップの奴が、こんな人のいない時間を選んでまで、ぼっち野郎な俺を呼び出すほどのお願いとは一体……。

皆目見当がつかない。


「そ、そのお願いって、俺じゃなきゃダメなのか?」

「ええ。それはもちろん。あなたがいるからこそ成り立つといっても過言ではないわね」


古屋敷は教室の窓辺に寄ると、閉まっていた窓を開ける。

すると、教室の中に涼やかな風が吹いてきた。


「私には夢があるの。その夢にはあなたが必要なのよ、吉川彰彦くん」

「俺が必要……ちなみにそれって」


俺が必要とされている?この俺が?古屋敷に?

いつもは必要とされることなんてないから、少し嬉しいかも。

なんか胸がドキドキする。

……いやいや!落ち着け。

内容を聞くまでは油断はするな、俺!!


「吉川くんは、主人公に興味はあるかしら?」


…。


……。


………。


「…………はい?」

耳を疑うような発言に、俺は思わず聞き返した。


「何そんなキョトンとした顔をしているの?主人公は主人公よ。あなたは確か、アニメやライトノベルが好きなのよね?」

「それなりには」

「実は私もアニメやライトノベルが大好きなのよ。普段からラブコメのような展開が起きてくれないものかと、心の底から願うほどにね」


何か男子中学生みたいなことを言い始めましたよ、この人。


「でも現実はそんなにあまくはなかったの。いつまで待っても待っても待っても、ラブコメ展開は訪れなかった」


そりゃ現実ですから。


「だから私は決めたの。訪れてくれる可能性にかけるくらいなら、私が、私自身の手で、私の理想のラブコメを創ると」


何言ってんだ、コイツ。


「私の思い描くラブコメにふさわしい人物を集め、私の目の前でラブコメを披露していただき、私は今度こそ、現実でラブコメというものに立ち会うの。……ああ、なんて素晴らしいアイデアなのかしら!!」


堂々と痛々しいことを語った古屋敷は、天井に向かって手を伸ばした。

それに対して俺は弱弱しい拍手を送る。


マジで何言ってんだ、コイツ。


「要するに私の夢は、ラブコメを現実で見て楽しむことなの」


……なんだろ。この無駄に期待させといて落としてくる感じ。

古屋敷琴葉。恐ろしい人物だと聞いていたが。これが本当にスクールカーストのトップなのか?

俺からしてみれば、痛々しい極度なオタクであるようにしか見えないのだが。


緊張して損した気分だ。


「というわけで、吉川彰彦くん。私のラブコメの主人公に」

「お断りします」


俺は即答した。


「なんで断るのかしら」

「なんでも何も、それ。俺である必要全くないですよね?というか、俺にメリットが全くないですし」


それに、そんなめんどくさいことに付き合う気はないしな。

俺はこれからも孤独に生きるのだ。


「いいえ、あなたは必要よ。あなたしかいないの」


再び真剣な顔つきになる古屋敷に、俺は答える。


「じゃあ、教えてくれよ。なんで俺を選んだんだ?」

「そうね……」


俺が訊ねると、古屋敷は手をアゴの下に当て、何かを考え始めた。


「まずはー、お友達がいないところかしら」


グサッ


突然、精神的な部分に鋭い矢が飛んできて突き刺さる。

それはもう、とてもとても鋭い矢が。


「次に、暗くて、無駄にプライドが高くて」


グサグサッ


「そして最後。周りに馴染めていない自分を肯定しようとして『僕はわざと友達を作っていない』『作ろうとすれば俺だって作れる』『決して寂しい奴というわけではない』『俺はわざと話していないだけ。俺は他のバカとは違うのだ』なんてことを考えてながら、毎日ぼっち生活をしているところ」


グサグサグサッ!!


精神的なダメージを受けた俺は、胸の辺りを手で強く抑える。

3度に渡る攻撃により、俺のライフはもうゼロである。


「た、たのむ。これ以上はもう……」


油断大敵とはこのことを言うのだろう。

おかしなことを言うだけの奴かと思えば、俺の気にしていることを武器に攻撃してきやがった。

流石、スクールカーストのトップというだけのことはある。


「あら。どうしたの?そんな胸の傷をえぐられたような顔をして。全部事実でしょ。私としては、そこが『ダメダメ主人公』っぽくて、とっても良いと思っているのに」

「……つまり、俺がダメダメな奴だから、琴葉は俺を選んだということか?」

「大体正解ね」


古屋敷は真面目な顔で答える。


「でも、ダメダメな奴なら、俺の他にも沢山いるだろ?」

「マロン」

「ーーーっ!?」


俺が驚き、肩をビクッと揺らすと、古屋敷は口角を上げた。


「吉川彰彦くん。いいえ、有名バーチャルアイドルのマロンさんと呼ぶのが普通かしら」


待って、ちょっと待って。

全く理解が追いついかない。


現実の俺はぼっちだ。

だが、家に帰ればボイスチェンジャーと3Dモデルを使い、歌って踊ってトークも出来るバーチャルアイドルマロンとして活動をしている。

結構人気もあって、ネット上ではちょっとした有名人だったりするのだ。

当然だが、この事は家族の誰にも教えていない。というか教えるなんて選択肢はない。

教えたら最後、家族から一生痛い目で見られそうだ。

でも、そんなことを何故古屋敷が知っているのだろうか。

この事は俺だけしか知らないはずだ。


「何で知っているんだ!って顔ね。フフッ、可愛いわよ」


古屋敷琴葉。この女は危険だ。そう俺の本能は告げた。

この時、初めて血の気が引いていく感覚というものを味わった。


「さて、そろそろ答えは変わった?」

「俺がマロンとして活動していることを、他の奴にバラされたくなければ、琴葉の言う主人公とやらになれと?」

「ええ、その通りよ」


今日一番の輝く笑顔を見せてくる。

何この子、超怖い。


「改めてお願いするわ。吉川彰彦くん、主人公に興味はあるかしら?」


フッ。

俺をなめてもらっては困る。

俺は吉川彰彦。孤独に生きる人間だぞ?

俺の答えは決まっている。


「はい!俺、めっちゃ主人公に憧れてました!是非主人公、やらせてください!」


こうして、俺は主人公(?)になることが決まった。

仕方ないだろ。こんな脅迫。断ったら人生ゲームオーバーになりそうだ。


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バーチャルアイドルマロン。

登録者数100万人を誇る、今話題の動画投稿者である。

そんな彼女の姿が映るパソコンのモニターの前で、男は喋り出した。


「マロンの配信、今日も始まるよー!!」


パソコンのモニターには『愛してるぅううう!』『待ってました!』『88888888』などの文字が流れてゆく。

これは生配信を見ている視聴者からのコメントであり、男はそれを見ながら視聴者と簡単な会話をしていた。


「みんな来てくれてありがとー!初見さんいらっしゃーい。あ、ビタミンさん!いつも投げ銭ありがと~」


男が拍手をすると、モニターに映るマロンも拍手をした。

男の動きはマロンにも反映されるらしい。

男は個人投稿者でありながらも、なんとか手に入れたフルトラッキング環境で配信をしている。

男がピースをすればマロンもピースをし、男が飛び跳ねればマロンも飛び跳ねる。

男とマロンは一心同体なのだ。


「そうだ!今日は学校で本当に怖いことがあったんですよー」


男は『うぇーん』と泣き真似を披露する。


「私に協力しないなら、お前の秘密を学校中にバラスからな!って脅されちゃいまして」

「でも、マロン強い子だからね。追い返してやったよ!」

「もう本当に怖かったー。人生で怖かったことランキングなんで作ったら、ベスト10には入っちゃうよー」

「彼氏関係じゃないよー。そもそもマロンに彼氏とかいないしーw」

「いやいや、殴り込みとかしなくていいからね!学校名?教えたら私、身バレしちゃうじゃんww」


そう、身バレだけは防がなくてはならない。

そして、頑張って築き上げた唯一の居場所であるここを、なんとしても守り通さなければ。


PCの前で男、吉川彰彦は改めて決意を固めるのであった。


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【あとがき】

こんにちは、柚乃原 暦(ゆのはら こよみ)です。

今回から『主人公に興味はあるかしら?』を書いていきます!

笑いながら呼んでもらえる作品を目指して頑張ります。

感想や評価もしていただけると嬉しいです!モチベ上がります!


では、これからもよろしくお願いします~


Twitter:柚乃原 暦(@YunoKoyo)

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