ー13ー

 曽祖父さんの仏壇ぶつだんに、小皿に一番小さなコロッケの更に半分だけを乗せて供えに行く。皿を持って、ぽてぽてと歩いている智也は、なんだか茶運び人形のように見えないでもない。

 昼の日差しの縁側を抜けて、和室に入ると途端に部屋の暗さに目が眩む。

 お盆に備えて、仏壇には既に線香とか蝋燭ろうそく和三盆わさんぼんがいくつか備えられたままでいる。

 智也が小皿を仏壇にのせて、俺の横まで戻ってきて――二人で正座する。俺が腕を伸ばして、チーン、と、りんばちで叩くと智也も一緒に手を合わせる。

「子等が、今日も朝っぱらから無駄に頑張りました」

「した!」

 ……軽く目を閉じて心の中で三秒数えて顔を上げると、智也も顔を上げていた。ので、ダッシュで和室を抜ける。

「あ、曾祖父ひいじいさん、ダイニングの方のコロッケ食うって言ってるぞ! 急げ!」

「う、ウソばっか! なんで置いてくの? アニキー!」

 よろけつつも俺を追いかけてくる足音がどたばたと響く。真面目な空気は、なんだか照れ臭い。まだまだそういうお年頃なんだ、俺は。


 さて、改まってダイニングである。

 テーブルに向かい合わせで座って、目の前にはコロッケがある。数が多いので大皿に乗ってはいるが、白米は無い。これだけの昼食ってのもあれかも知れないが、適当に後でおやつでも食えばいいと思う。逆に、白米が無いから、ジャガイモとサツマイモのコロッケの違いがはっきりと分かったりしてな。

 数日前に煮込スチウを作って以来、二度目の本格的な料理である。コロッケは、具材の過熱が不十分だと食中毒になる場合があるらしいので、どこか不安があり、最初の一口を躊躇っていたんだが、空腹には勝てずにまずは小さめのジャガイモのコロッケを頬張ってみた。

 んむ……?

 サクッじゃなく、カリッとした歯応えがあった。

「なんつーか……、いや、真面目になんつーか、中身は解るんだが、皮の感じが結構ハッシュドポテトだな。皮を厚くし過ぎたのか?」

 塩胡椒はちょっと強めにしていたのでこのままでも十分にイケる。そして、カリッとした外側と違い、内側は普通のコロッケっぽさを感じた。むしろ、安いミックスベジタブルが少しだけ入っている冷凍コロッケよりも遥かに美味い。

 形と火加減次第で、もっと普通のコロッケに近づいていけそうな気はする。そういう意味では、俺と智也の軍隊料理法コロッケは、皮が厚い上に、饅頭型の中央がやや厚過ぎて、コロッケとハッシュドポテトの中間になってしまっていた。

 これはこれで良いし、充分食べられるんだけど、料理のスキルがもっと上ならもっと上手く出来たのにと思うとちょっと残念な気持ちもする。


 そして、お次は曽祖父ひいじいさんも食っていたらしいサツマイモのコロッケの方だが……。触感なんかはジャガイモと同じなんだが、味は結構な甘さを感じる。茹でて潰しただけなのにな。確か、少し前に御袋がサツマイモの天ぷらにしたのも同じサツマイモだったはずなのに、今回のコロッケの方が甘さをしっかりと感じる。調理方法とか触感、状態によって甘さが結構変わるのかもしれない。

 あー、でも、確かに戦後は中々砂糖とかも手に入らなかっただろうし、こうした甘味は有り難かったんじゃないかな。

 現代のってか俺の感覚的には、ジャガイモのコロッケの方が好みだけど、甘めの味が好きだったらサツマイモのコロッケだろうな。ってことは、子供舌の智也はサツマイモの方だろうなと思って横を見れば――。

「ばっか、お前、俺、このコロッケだけで朝飯と昼飯を兼ねてるんだからな、全部食うんじゃねえぞ」

 どうしても二種類のコロッケを作るとのたまって、自分でイモを別けたってのに、味の違いなんて気にせずに適当にジャガイモの方をバクバク食っている智也。

「ボクだっておなかすいた!」

 はい、と、先生にでも告げるように手を挙げて智也は言った。

「まったく、お前は」

 智也に負けじと俺も箸を止めずにコロッケを次々と食べながら、ついでにコロッケのレシピについてレビューするなら……。


味:☆☆☆

難易度:☆

値段:☆☆☆☆


 コロッケとしてじゃなくて、こういう別の食べ物だと思うんなら全然ありだと思う。塩胡椒を強めにして、何も掛けずに食べるのがいいかな。俺個人の感想としては。ただ、作り手の腕次第で現代のコロッケに近づいたり離れたりが激しそうなので、星五つを満点とした場合、味は星三つで難易度も前回と同じで星一つ。

 ただ、使っている材料の値段的には、サツマイモが結構大きいの一つで百円ぐらいだし、鶏挽肉も安いのを遣えば七~八十円ぐらい。ジャガイモや玉葱も前回と同じ値段と考えれば、値段は星四つってところじゃないかな。手間はかかるけど、下手なところのを買って食うよりも値段と味と質は良くなる気がする。手間と技術と時間が掛かるけど。


「あー、食った。智也、麦茶」

 智也は素直に冷蔵庫から麦茶を出して、俺の分と自分の分を注いで、こぼさないように慎重にテーブルに乗せている。

「ありがとう」

 脂っこいものではあったし、この暑さだから冷えた麦茶が有難い。麦茶で一息つけば、良そうで食ったせいもあるがコロッケでかなり腹が膨れていた。

「んで、お前はどっちのコロッケが気に入ったよ」

 言い出しっぺの甥っ子にそう訊ねれば、うん? と、智也は首を傾げて――。

「わかんない。どっちも」

 あ、アホの子め。

 呆れはしたが、追及しても意味はなさそうだ。

「まあ、でも、腹いっぱいだ、午後はのんびりするか。あ、昼寝するなら歯磨きしろよ」

「はーい」

 聞いてんだか聞いてないんだか解らない智也の返事を耳に残して、俺も早起きで突かれた瞼を閉じる。

 扇風機の風邪が、額の汗を撫でていく。


 まだまだ夏だな。

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