ー10ー
イモ潰し機は、鉄製のフライ返しをL字に追ったような器具で、正式な名前は……知らん。でも、イモを潰すように御袋が買ってきたんだから、その名前で良いだろ、多分。しかも、結局買った時ぐらいしかイモを潰す料理をせずに放置されて掃除のときにだけ洗われるという可哀そうな器具になり果てているんだしな。
しかし、未だに少年の智也の目には、その変な調理器具は魅力的に映ったらしい。伝説の剣よろしく両手で抱えて、一応水道水で軽く濯ぎ――。
「お前、それをエクスカリバーにしたら、折檻するからな」
あろうことか、敬愛すべき俺に向かって構えようと仕上がったので、冷たく突き放す。
いや、だって、考えてみろよ。空腹で手間のかかる料理してるんだぞ俺は。智也がふざけるなら、別にこの挽肉と玉葱の塩胡椒炒めを少々胃に収めても
なんか、こう、空腹って自覚すると余計に腹が減るんだよな。しかも、塩コショウのせいでフライパンの中身が良い匂いを立ち昇らせてきあがるし。
「アニキ、冷たいよ」
ふくれっ面の智也の頭を軽くおざなりに撫でて、無言で行動を強いつつ、俺もフライパンの中をフライ返しで攪拌する。
「文句は、俺の餌を用意しなかった御袋に言え」
細かく切った玉葱と、挽肉の組み合わせだから、火が通るまで大した時間はかからなかった。むしろ、餅つきの様に振り上げて振り下ろすというやや非効率的な動きでイモを潰している智也の方がやや遅れている。
まあ、食中毒に注意する意味でじっくり炒めるのも悪くは無いんだが……さすがにこれ以上は焦げるよな。
「なあ、智也。そんな、ぺったんぺったん搗くんじゃなくて、こう、ぐりぐりぐりっとすり潰せないか?」
「うん?」
いや、お前にも解り易く祇園で言ってやってるんだが、そんな何言ってんのみたいな目で俺を見るんじゃねえよ。
IHコンロを切りフライパンの過熱を止めて、軽く二等分して具を左右に寄せる。そして、そのまま智也が潰していたボウルの中を見てみれば、最初に潰していたのはサツマイモの方だったのかジャガイモよりもやや黄みがかった中身が粒あん状になっている。そう、まだ指の爪ぐらいの塊がそこそこ残っている。
ので、智也の手に自分の手を重ねて、さっき俺が言ったすり潰すようにイモ潰し機を動かしつつイモ潰し器がはじいたイモは、軽く上下にトントンと動かして粉砕していく。
「おおー」
と、智也が感心した声を出していたのは最初だけで、直ぐに「ボクがやる! 後はボクがやるから!」なんて騒ぎ出した。
「はいはいはいはい。サツマイモは終わったから、ジャガイモの方な」
適当に聞き流しつつ、ジャガイモだけ済ませて手を離せば、智也にふくれっ面を向けられた。いや、お前、十分以上掛けて粒あん状だったのに、俺がやったら五分もせずに完成したろう。
まあ、全部俺がやっちまったら智也が成長しないので、ジャガイモの方はさっきと同じ要領でやってみろ、と、椅子に座って見守る姿勢に入る。
最初こそ俺を警戒していた智也だったけど、作業が始まればそっちに集中していた。
面白くもない作業だろうに、真剣になってイモを潰して捏ねている作業を見ていると――、俺って教師には向かないな、とか思ってしまった。いや、子供の成長を見守るのが大切なのは解るんだが、ただ見てるだけだとどうしても、もっとこっちの方が効率的だ、とか、口出ししたくなるからな。それで結局俺が全部やっちまって、智也の自由研究にならないくなるっていう。
そういう意味で、俺って両親とは似ていないななんてぼんりと思っては――、くぁ、と欠伸してキッチンテーブルで頬杖をつく。
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